第66話 肉体言語での告白
エンチャントクッキングをエルフィーとサーリの両名に教えて、二人をダンジョンへと送り届けた後、俺は少しだけ気がかりだった川辺の処刑台というか、逆さ吊るし台の所へと向かった。
現場へ到着すると、どうやら吊るされていた者達は既に解放された後だったらしく、そこには使われていた縄だけがそよ風に揺られ、ぶらぶらと垂れ下がっているだけだった。
ちょうど近の岸辺にムガナという娘が居り、俺が尋ねると
「ああ、彼等ですか? お昼頃に降ろしてあげましたよ。
まったくもう、酔っぱらって来るなんて……
主様からも叱ってやってくださいな」
と、彼女は夜這いに来た事よりも、酔ってた事の方が嫌な様子で語った。
お酒を解放した所為でこういった問題が出やすくなったというのもあるが、どうにも酔っぱらって事を行おうとした事の方が彼女等からすると悪い事と映るらしく、素面で迫ってくるなら相手にもよるがOKというニュアンスだ。
まぁ、現代風の倫理観とはかけ離れている部分が多々あるので、皆の善悪の判断は俺の感覚とはかなり違う所が多んだよなぁ。
そんな事情も有り、俺は事件の捜査や解決までは手伝う事はあるが、処罰などの物事は族長達と被害を受けた者側に丸投げしていたりする。
俺が表立って叱ったりするのは、事故や自傷につながる行為か、多数の者に被害が出そうな時くらいのものだな。
それはともかく、今回気になっていたのは彼等の行動原理の方で、彼女の叱ってやってくれと言う要望はそれを探ってからだ。
酔っぱらっていたという事は、昨日の補充日前の宴会に参加し、その酔った勢いで女性達の寝込みを襲いに行ったのだろう。
俺は過去視の魔法を使い、昨日の事の発端を探る事にした。
周囲をビデオの逆再生の様な感じで見ていると、どうやら、あの三人は昨夜の22時頃から逆さ吊りにされていたらしい。
もう少し遡り見てみると、21時ごろ、件の三人が、ジャンボ栗の殻の杯に注いだ酒を飲みながら話をしているのが見えた。
「今日こそはムガナの所に行くろぉ!」
「おいおぃ……また殴られり行くのか?」
「お前じゃムガナは無理だろぉ。
この前もそうやっれ行って追い返されてきたじゃねえかぁ」
と、多少、呂律が回ってない口調で三人は話している。
ムガナと言うと、さっき話を聞いた娘だな。
当事者だったのか彼女は。
「そんら事はなーい、今日、俺の腰巻をあいつは直してくれら。
あいつは俺には優しいんら」
「わははは……おれらって、あいつから腰紐をもらった事があるぞ。
だったら、俺が行けばぁ成功するかもなぁ」
「お前も殴られるに決まってるなろ。
だいいち、お前達のやりかたが下手なんらよ。
もっと、こう、ガッといっれ、グッと押し倒してらなぁ……
よーし、おれが手本をみせれやる!」
そんな流れで、ガッと行った彼等は、グッと押し返され、ボカッと殴られ、その騒ぎで近くに寝て居た者達も起きて、女性達全員に袋叩きにあっていた。
この逆さ吊りにされた男達は、三人とも二十~二十四歳の若者だ。
実は彼等辺りの年代を境に、とある理由で皆の中の愛情と性欲との考え方や伝え方に関する物が変化しており、彼等はちょうどその狭間の辺りの世代なのである。
理由と言うのは、俺が降臨し、言葉という相互理解を促す方法を伝えた事だ。
二十五歳程度より上の者達は言葉を知る前にウアや親達を見て学び、それを模範として、肉体的な接触や行動をコミュニケーションとして正しい物だと認識している。
そして、それに沿った考え方や行動をする事が多いし、それを受け入れもする。
逆に十八歳程度から下の者達は、物心がついた時から言葉が日常の物となっていたので、親や周りの者達の事も模範ともするが言葉でのコミュニケーションの方も欠かさない。
その少年少女達からすると話すという方法があるのに、年上の者達は何故分かり辛い方法で気持ちのやり取りをしているんだろう?といった風に映るらしい。
科学技術の発展でも電話やネットが普及した結果、それに付随して別枠でコミュニティが出来上がったり、気持ちのやり取りの手段の変化が発生し、その技術的手段の間で溝も発生して世代間での相互不理解が起きた事がある。
やっている事の根本は心と心のやり取りなのだが、それを表す手段が違うので、双方からは別な物に感じてしまうのだ。
所謂、ジェネレーションギャップってやつだな。
今回は彼等のお目当てだったムガナが十八歳という事もあり、彼女は次の世代に近い感覚を持っていたので、いきなりな肉体的行動も、酔って会話も正常に成り立たない事も嫌で拒んだという事の様だ。
ムガナからすれば素面の状態で誠実に対応するのであれば考えなくもないといった感じであったのだし、彼等には後で口説くという方法もあるぞと教えておくか?
……いや。
俺もそこまで高説を垂れる程のテクニックがある訳でもないんだよなぁ……
どうしたもんか……
俺が岸辺を歩きながらそんな事を悩んでいると
「(主様ぁー……助けてくださーい)」
と、ダンジョンに送り届けたサーリから、困っている感情と共に念話が届いた。
ふむ? サーリからの念話でのヘルプ要請は久々だな。
彼女にはアイアスシリーズと名付けた防御特化の装備やアイテムを宝箱を開ける際にこっそりと入れて渡してあるので、あのダンジョンで危機に陥る事はそうは無いはずだが……
サーリは戦闘などには向いていない優しい性格をしているのにも関わらず、それでもダンジョンには行くと言う、へんてこな性格をしてるからなぁ。
何かトラブルでも起きたのだろうか?
そんな事を思いつつ彼女とその周辺の状況を確かめてみると、そこでは十人程の者達が乱闘を繰り広げているのが見えた。
その者達の状態を確認すると、混乱などのバットステータスは掛かっておらず、近くにそういった状態にする罠も無いしモンスターも居ないという、少々妙な状態であった。
俺は遠隔で理力魔法を発動し、その乱闘をしている者達を拘束しながら、空間ゲートを繋げて現場へと急行した。
ゲートを抜けた先では、彫像の様に固まって動きを止めている乱闘者達と、その者達が体のあちこちに負った傷を、わたわたと回復魔法で癒しているサーリが居た。
「大丈夫かサーリ?
何が有った? 喧嘩か?」
俺が彼女にそう声を掛けると
「あ! 主様ぁ……助かりましたぁ」
と、サーリはへなへなと座り込んだのだった。
事情を聞いてみると、彼等はサーリと一緒に昼食を食べた後、暫くしてから言い争いが始まり、そして喧嘩へと発展したとの事だった。
その理由というのが
「サーリは俺の事が好きなはずだ!
俺に作りたてのクッキーを持って来てくれたし。
何度も助けてくれている!」
だの
「いや、俺の方を好きに決まっている!
さっきだって俺の傷を先に治してくれたしな!」
や
「あんたらバカじゃないの!?
だからって、やろうとするんじゃないわよ!」
といった、サーリの取り合い?の様な物だった。
こっちでもか……
なんか、前にもサーリを巡ってパーティ同士の喧嘩が有ったが、今回は個人間での諍いの様だな。
それに、少し全員が興奮気味だ。
喧嘩の余波による物かもしれないが
もしかして、クッキーに含まれていた素材の所為だろうか?
皆の状態を調べてみると、肉体面と精神面の双方に、妙な魔法的ブースト効果が表れていた。
これは、魔法の余波と痕跡からしてサーリのエンチャントに依る物だな。
「……サーリ。
皆に配っていたクッキーは、まだ残っているか?」
「え? はい、ありますけど……?」
と、彼女に尋ね残った糧食クッキーを見せてもらうと、午前中の調理で彼女が慌てて作った物の中に、肉体面だけでは無く精神面での強化も含まれたエンチャントがなされた物が混じっていた。
効果的には微量なのだが、これとカフェインなどの興奮物質との相互作用により、その効果が上昇した様だ。
あー……
精神に働きかける物質と魔法を併用すると、こんな相乗効果が表れるのかぁ……
ダンジョン内でアイドル的存在のサーリからお昼の差し入れを貰い、自分に好意があるんじゃないかと少しだけ考え、そこに興奮作用が働きかけた結果こうなったと言う訳か。
彼等がまだ若いので、メンタル的にも耐性がなかったとも言えるが。
もう少し効果が強かったら魅了の魔法に近い物になっていたな。
いや、バーサークか?
ともかく、魔法の効果だけでも消してしまおう。
俺は皆に掛かっていた魔法効果を打ち消し、少し落ち着かせてから理力魔法による拘束を解き、全員を解放してから話をする事にした。
「皆、すまない。
お前達の気持ちの高ぶりの一因は、私がサーリに作らせたクッキーに依る物だ」
俺がそう謝罪をすると
「いえ! 主様の所為じゃないんです!
こいつら、いっつもいっつもサーリさんの事を狙ってたんですから!」
「そうです! こいつらひどいんですよ!
私達の事はほっといて、サーリさんの事ばっかりで盛り上がって!」
と、乱闘に参加していた者達の中に居た女性達の数人が男性達への文句を言い始めてしまった。
彼女達も一緒にダンジョンに来ているという事は、男達とそれなりの仲なのだろうが浮気心を持ったのが許せないらしい。
「だいたいねぇ! あんた達がサーリさんに手を出せるわけないでしょ!
相手は黄色クリスタルなのよ?
まだ水色にもなってないのに、かなう訳ないでしょ!」
「そ、そんな事、やってみないと分かんねえだろうが!」
どうやら、双方とも肉体言語系の者達らしい。
うーん……これもどうしたもんか……
あまり、俺の得意でない問題なんだよなぁ。
俺なんかより、よっぽどウアや族長達の方が慣れているトラブルだ。
「んー……サーリとしてはどうなんだ?
彼等の事は……その……好きだったりするのか?」
双方の言い争いを見つつ、一応、当事者であるサーリにも意見を求める事にして、彼女にそう問いかけると
「え? 好きかと言われると……うーん……どうなんでしょう?
彼女さんも居るのに、悪いなぁって思いますし。
嫌いではないですけどぉ……好きでもない?そんな感じですねぇ」
と、サーリは答えた。
「ふむ……なら、いつもの様にきっぱりと断ってやってくれるか?
そうでもしないと収まりそうもないしな」
「アレですかぁー……わかりました……」
と、俺が頼むと、少し意気消沈気味にサーリは了承してくれたのだった。
何をって?
そりゃ、肉体言語をメインとして考える者達を納得させる為には、その肉体に答えるしかないわけで。
彼女も、もう21歳になるので何度かこう言った自体は経験しているので、それなりの対処法があるのだ。
先ず、サーリと彼女に迫る男を、レスリングの力比べ風に手と手で組み合わせて向かい合わせる。
あとは簡単。
どちらかが、倒れたり膝を着いた方が負けというルールの力比べをしてもらう。
一番手の男は、サーリと比べると背も高く腕や足などは倍近く太い。
この中でも一番の力持ちさんっぽい風体をしているな。
いつもであれば審判役はウアが務める事が多いのだが、今日は俺がやろう。
「では……はじめ!」
と、俺が合図を出すと、男は力を込めてサーリを倒そうとした。
が、サーリはピクリともしない。
彼女がハーフエルフで、どちらかと言うと華奢な体格な事もあり彼としては手加減をして力を込めたのだろう。
「んん? けっこう力があるんだな……なら全力でぇ!」
と、今度は全力を込めて、サーリの手を力いっぱい押し下げようと試みた。
が、やはりサーリはピクリとも動かない。
それも当然である。
彼女が全力で肉体強化系の補助魔法を使うと、1トン程度なら軽く持ち上げれる程の力を発揮するのだ。
こんな感じの、単純な力比べみたいな勝負方法なら負けるはずがない。
サーリは、少し困った顔をしながら、そろそろいいかなーと言った感じで
「えーい」
と力の抜ける様な掛け声をしながら、力を強めていく。
どうやら、前に誰かに言われたらしい「相手の男もぉ、プライドがあるからねぇ、善戦したって感じでぇ、ゆーっくりぃ倒してあげるとぉいいよぉ」との言いつけを守って、サーリは多少はきついという演出の為の困った風の表情をしながら、じわりじわりと相手を倒す事にしているらしい。
まぁ、演技が上手なわけでも無いサーリにそれをやらせてもなぁ……
ちょっと困った子を相手に遊んでいる、お姉さんといった風にしかならないな。
「ぐぐっぐううぅぅ……そ、そんな馬鹿なぁあぁぁぁ」
そんなこんなで、男の方は顔を真っ赤にしながら頑張ったが、あっさりと負ける事となった。
この勝負を経験するか目撃した者達は、サーリに対する認識を改めて、後々族長達に接する様な態度に変わるんだよな。
まぁ、ご愁傷さまと言うしかない……か?




