第62話 竜人の身体
「主様。今日はどうなさいますか?」
俺が朝食を終えて散歩ついでに皆の様子などを見てまわった後、エルフィーがお弁当を携えてやって来て今日の訓練予定をそう尋ねてきた。
彼女はここ数日間、俺がダンジョンで行っている竜人の神体の慣熟訓練に毎日同行してくれている。
「今日は、そろそろ攻撃も含めた訓練に移ろうかと考えているが……
しかし、私の動きは参考になるか?
まだ、色々とぎこちないと思うのだが」
「そんな事は御座いません。
主様の身のこなしは、私達にとっては十二分に流麗で洗練された動きです」
「そ、そうか」
と言った感じで彼女は色々と褒め称えてくれるのだが、現在、ステータス上でも所持技能でもエルフィーの方が強いんだよなぁ……
遠距離戦に持ち込まれたら勝てない気がする。
俺がやってる訓練は、Lv上げと言うよりは竜人の身体機能でどこまでの事が出来るかの把握といった面の方が強いので仕方ない事ではあるのだが。
だがまぁ、竜人の身体の慣熟訓練はなかなか新鮮で楽しい。
他種族との違いは多々あるが、やはり特筆すべきは羽と尻尾だろう。
羽は魔物での解析でも分かってた事だが、羽自体からSP、いわゆる気を放出して、それで空気や空間に斥力を発生させ推力と浮力を得ている。
形状は羽だが、羽と言うよりは機能的に自在に方向を変更できるベクターノズルのジェットエンジンやロケットに近い。
尻尾はと言うと、獣人の物とは違い、バランスをとるだけでは無く、第二の手足とも言うべき物だ。
地上では踏み込みや回避にさらなる力を与え、空中では急速な方向転換や死角となりやすい背や下方向への攻防にも使える。
柔軟に動く関節と筋肉を有するので、手足よりも可動域が広いくらいだ。
性別的な差異は、顔の構造による視覚の広さや、口部の攻撃性の高さ、それと全身を覆う鱗だ。
これは獣人の男でも同じ感じで、人間以外の因子が強く出ているので、色々と面白く感じる部分である。
瞼も特徴的で、上下に閉じる普通の瞼と、その内側に有る左右に閉じる瞼がもう一組ある。
これなら不意な眼球へのハプニングにも強そうだ。
体は熱さや寒さといった事にも強いようで、特殊な環境下でも身体性能の低下が起きにくい。
だが、これは男女共通なのか男だけなのかは分からない。
今度リーティア達に聞いてみよう。
それと、これは良い点なのか悪い点なのかは判別しにくい事なのだが――
――痛覚が鈍い。
耐久や防御を鍛える為に、魔物の攻撃をわざと受けている時に気付いたのだが、かなり怪我や傷といった物への感度が薄い。
感じないわけでは無いが、気にならない程度にしか感じないのだ。
試しに指の一本を折ってみたのだが、痛みを無視して力を入れれば普通に動かせてしまった。
詳しく精査してみると、内臓の類に関しては他の種族と大差ない苦痛を感じるが、体の表面や筋肉、骨と言った部位はかなり痛覚に対して鈍感に出来ている様だ。
どうりで、レイディアとバハディアの二人が無茶な突撃をする事が多いわけだ。
これは、痛覚の鈍さはともかくとして、それによる行動の方針の偏りが不味い事態を引き起こしかねないな……
「とりあえず、竜人達の所へと行くか。
今日の訓練は、あの四人に手伝ってもらう予定なのでな」
俺は、この体で把握した事を頭で反芻しながらエルフィーへとそう答えた。
「リーティ達でしたら……今頃は61か62階の辺りでしょうか?」
彼女は竜人達と一緒にダンジョンに行く事が多いので、四人の居場所を的確に言い当てる。
「どうやら62階層の辺りに居る様だな。では、行くか」
てなわけで、竜人達の元へと俺がエルフィーを引き連れて行くと
「あれ?主様? もう夕方なの?」
と、現れた俺にリーティアが聞いてきた。
どうにも、俺がダンジョンに来る、イコール、夕飯、と言う刷り込みが起きているらしい。
「いや、まだ昼前だ。
少しお前達に用というか、聞きたい事と言っておかねばならない事が有ってな。
まぁ、そろそろ昼になるのだし、一緒に昼食にするか」
俺はそう答え、通路に結界を張って安全地帯を作り、そこで昼食にした。
ここ数日、訓練の間に食べるエルフィーお手製弁当が、俺のひそかな楽しみの一つとなっている。
日に日に、美味くなっていくので、そうもなろうという物だ。
お? 今日はサンドイッチか。
卵サンドにフルーツサンド、それに野菜を細かく刻んだコールスロー風の物を具材にした物まである。
野菜の汁気やドレッシングなどがパンに浸み込まない様にと、間にレタスでワンクッション挟むなどの細やかな心遣いまで見て取れる。
コロ対策の為に肉などは使われていない様だが――
――いや、まて……ホットドッグもあるだと!?
見た感じではコッペパンに数種の野菜とソーセージが挟んである、まごう事無きホットドッグだ。
ちゃんとケチャップとマスタードもかかっている。
これは……食材的に大丈夫なのか?
お弁当箱の中にそれを発見した俺は少し驚き、ちらっと作り主のエルフィーの方を見た。
すると、俺の視線を受け止めた彼女は大丈夫ですといった感じで頷く。
俺は恐る恐るホットドッグを手に取る。
そして、周辺の気配を探ってみた。
だが、コロの気配は近くには感じられない。
大丈夫だ、遠隔視でも確認したが、奴は犬小屋でスヤスヤ寝ている。
では、いっただっきま――おっと、そうじゃない。
ここに来たのは、お弁当が目的では無いのだ。
「リーティア、それとシルティア。ちょっといいか?
お前達は、体で痛みを感じる部分が鈍い所は有るか?」
先ずはリーティアとシルティアに聞き取り調査をする事にして、俺は二人に痛覚に関する事を尋ねる。
「羽と尻尾は、あんまり痛くないよ」
「わたしもですねぇ」
と、二人は俺の問にそう答えた。
どうやら、人間と同じ部分は他種族と感じる痛覚は大差無い様だが、竜の因子が色濃く出ている部位は男の二人と同様らしい。
まぁ、この二人はリーティアとシルティアは、基本的に魔物の攻撃に対して回避行動をして、間に合わない場合は魔法や防具で防ごうと動くので、戦闘や日頃の生活での行動に問題は少ない。
おそらく、感覚が人間に近い所が多いのでそういった行動をする様になったのだろう。
問題は男二人の方である。
「レイディア、バハディア。今日はお前達に言っておく事があったので、ここに来たのだ。
お前達二人の戦闘時の行動が、この先では危険すぎる」
「我々がですか?」
「危険……とは、何がです?」
と、二人は不思議そうに聞き返してくる。
「今居るこの62階層だが、ここから10階層ほど下まで行くと、その辺りから魔物の攻撃が厄介になってくる――」
竜人達が現在居るのは中層の半ばで、そろそろ危険な魔物が出始める所に近い。
このダンジョンが一番簡単な物とはいえ、やはり下層部は危険なのだ。
たとえば、ブレス系統の攻撃をしてくる魔物や、視認しにくい鋭利な風の刃、侵されれば即座に死に至ると思われる毒や石化などなど。
見た目と威力が反する様な攻撃をする魔物も多数出て来る。
一撃で瀕死までならリターンクリスタルでの転送と治療が発動するので良いのだが、即死の場合が怖い。
レイディアとバハディアは、まるでプロレス技の応酬みたいな戦い方をする事が多いので、その即死級の攻撃を受けてしまう危険性が一番高いのだ。
「――という魔物が下層にはいる。
そういった攻撃をその身で受けるのは危険なのでな。
リーティアとシルティアや他の者達の盾となる行動をとるのは良いのだが、お前達はそれに加えて自身も守る術を学ぶ必要がある」
彼らみたいに体の頑強さが高く無い者達は、ここに来るまでの間にそれらを学ぶのだが、はからずも二人はここまで耐えて来れてしまったが為に危機感が薄い。
「そんな魔物がいるのですか……」
「たしかに、俺達のブレスなんかは、互いに防げる気がしないな……
ですが、自身も守りながら他の者も守る……むぅ……」
説明してみたはいいが、二人は方法が思い浮かばないといった感じだ。
「そうだな……
今、私もこの体に慣れる為に色々と訓練をしている最中なのだが、それの仕上げが残っていてな。
それを、手伝ってみる気は無いか?
やってみれば、少しはお前達にも役立つはずだ」
「主様の特訓?ですか?」
「ああ。それに必要な物を後で取りに行こう」
俺は、二人にそう告げて、楽しみしていた昼食を再開しようとした。
しかし――
「主様、それなに? エルフィーが朝食の後に作ってたやつ?」
「おいしそうですねぇ……」
と、リーティアとシルティアの二人が俺の弁当の中身にロックオンしてきたのだった。
「……少し食べるか?」
俺がそう言い弁当箱を差し出すと
「いいの!? やったー!」
「ありがとうございますぅ主様ぁ」
と、二人は諸手を挙げて喜んだ。
「いや、礼なら作ってくれたエルフィーに言ってくれ」
そう言いながら、俺は二人がどれを食べるのかを気にする事しか出来なかった。
お弁当のホットドッグはかなり美味しかったです。
コロでは無くリーティア達にねだられる事になり、半分しか食べる事は叶わなかったが、味も本物と遜色ないと言っていい物でした。
リーティアとシルティアも食べながらエルフィーを褒め称えており、その二人にあげてレイディアとバハディアには無しと言う訳にもいかないので、エルフィーの弁当も半分竜人達に差し出す事となった。
俺は謝りながらエルフィーに足りなくなった分の昼食をアイテムボックスから出して補充すると、逆に彼女にありがたがられてしまい、妙な気分を味わう羽目になった。
それにしても、エルフィーはどうやって、あそこまで本物のソーセージに似た感じに豆肉を仕上げたのか謎だ。
さすがエルフィーだな。また今度作ってもらおう。




