第60話 それぞれの指輪
皆がダンジョンから帰還した翌日。
世界樹の根本では、二日酔いで顔を青くし頭痛にうなされている者達が大量に寝転がっていた。
まぁ、あれはほっとこう。
世界樹丸でも飲めば治るし。
そんな彼等を横目に、俺が三日ぶりにエルフィーや竜人達と一緒に朝食を食べていると
「あるふぃふぁま、ひのうのふぁらあげふぁたひゃたへたい」
と、リーティアが朝ごはんのジャンボ栗を頬張りながら、謎の言語で話しかけて来た。
「えっとぉ、昨日の唐揚げまた食べたい。だそうですぅ」
それを、シルティアが翻訳してくれたが、よくあれを理解できるな。
昨日の唐揚げというと、豆肉の唐揚げの事か。
「別に構わないが、また唐揚げでいいのか?
あれを使えば、色々と別の物も作れるぞ?」
「ふぉうなほ?
んぐっ……うーん……新しいのも捨てがたいような……」
豆肉は長年の研究により普通の肉と遜色のない程にまで昇華されているので、俺の中のレシピのレパートリーも数多くあり、俺のその問を聞いたリーティアは口の中の栗を飲み込み悩み始めた。
そして、今度はその話を隣で聞いていたエルフィーが不思議そうに俺に話しかけて来た。
「そういえば……主様、あれは豆から作ったお肉なのですよね?
普通のお肉での料理はなさらないんですか?」
「普通の肉? お肉って、この肉の事?」
「それは……体を食うって事か?」
それを聞いたリーティアは、不思議そうに自身の腕をぷにぷにと触りながら聞き返し、それを見たバハディアはそんな疑問を口にする。
「昨日の唐揚げやこの前のシチューの具もだが、あれは元々は他の動物の肉を模して作った物だからな。
前に人は食した物を取り込み身体を作り上げるという話はしただろう?
動物の肉を食べるという事は、体の成長にも効果が高いのだ――」
と、説明しながらも、俺は少し疑問に思っている事がある。
竜人達は俺の説明を聞き「ふーん」といった感じで自身の体を触っているのだが、その彼等の身体能力の高さと外見とのチグハグさである。
バハディアやレイディアは男性の竜人という事もあり、筋骨隆々の肉体をしており、その見た目通りに、力も頑強さも備えている。
一方、リーティアとシルティアは羽と角と尻尾とプロテクターの様な鱗以外は、ほぼ人間の女性と大差がない。
しかし、その見た目にも関わらず、ステータス上でも実際の力量でも、男性の二人と大差ない力を発揮するのだ。
魔物と同様に、物質に依らない力が作用しているのだろうが。
だが、そうなると身体的な成長はさほど意味のない事なのかもしれない。
食事と肉体は密接な関係にあるし、空腹感も有るという事は、何かしらの意味が有るのだろうが、ただ有機的な肉体を保つ以外の効果は薄いのかもしれん……
魔物に関しては、ある程度の把握は出来ているが、人々に関してはまだまだこれから調べないとだな――
「――まぁ、私が本物の肉で料理をしないのは別の理由からなのだが……」
「もしや……主様は菜食しかなさらないのですか?」
と、エルフィーが聞き返してきたので、俺は実演する事にした。
「そう言う訳では無い。どれ、やって見せよう」
そう言い、俺はアイテムボックスから鯖に似た魚を取出すと、串に刺して塩を振りかけた。
「それは魚ですか? 川でたまに見かけますが……」
「なんか変な匂いがするけど、それ食べられる……ん?なにこの音?」
と、俺が焼き魚を作ろうとしている様子を見て、レイディアとリーティアが話していると、少し離れた所から人々の騒めきとドスドスという音が聞こえ始め、それと僅かな振動が伝わって来た。
「あれは……コロさん?
こっちに向かって来てる……?」
その音と振動の発生源を見たエルフィーがそう呟く。
遠目から見れば、犬がてってってと歩いて来ている様に見えるが、実際のサイズと体重が織りなすその動作は犬とはかけ離れた物だ。
焚火を用意し魚を焼き始めたあたりで、そのコロは俺の真後ろまでやって来て、お座りをした。
「とまあ、私がこうして肉関連を料理していると、コロがやって来て催促してくるのだが。
こいつの食欲は底無しなのでな。
大半をコロに食べられてしまう事になる訳だ」
豆肉の場合は差し出せば食べるが、本人からは求めてくる事は無い。
なので、本来は肉よりも作る手間がかかる料理なのに、逆に用意するのは楽という本末転倒な状態なのだ。
「はあ……そうなのですか……」
と、皆にとってはコロが神殿外に居る姿の方が珍しいらしく、生返事を返すのだった。
コロに大量の焼き魚を与えて俺も朝食を終えると、竜人達はダンジョン探検でボロボロになった衣類などの修繕に行くと言い飛び去って行った。
俺は、今日は暇だと言うエルフィーを引き連れアスレチック広場に向かうと、そこでは、まだ朝だというのに既に遊び始めている子供達が居た。
うんうん、わんぱくでもいい、元気に育てよ――ん?
ヒューガ達も混じって遊んでいるが……まぁいいか。
そんな、子供達や一部の大人達が遊ぶ光景を横目に今日の遊具の設置予定地に向かっていると、その予定地に到着したとこでエルフィーが今日作る予定の物を聞いてきた。
「それで、何を御作りになられるのですか?」
「今日は……水関連の物だな。
先ずは水の魔石の練習に使う噴水にするか」
俺はそう答え、さっそく噴水の土台部分の作製に掛かると、そのまま彼女と会話を続けた。
「しかし、お前方から肉関連の料理の話をしてくるとは思わなかった」
「そうですね……私の感覚が他の方々と違う所為だと思います。
他の方々は忌避する食材かもしれませんし、まだ皆が食すには早いかもしれませんね」
「ふむ……やはりそう思うか?」
「はい。現状では無理に食する必要のない物ではないかと。
それに、他のエルフの方々は、動物性たんぱく質……
おそらく卵だと思うのですが、それらが苦手なのではないでしょうか?」
作成作業をしながら話していると、彼女はそんな事を言った。
なかなか良く見ているな。
エルフィーの言う通り、卵といった動物由来の物を使った食べ物は、エルフ達の消費量が減少するのだ。
食べる事が出来ない訳では無い様ではあるが、進んで食べたいという物ではないらしい。
「乳製品は大丈夫らしいが、どうにもその他の動物性たんぱく質が苦手な様だな。
それと油もか」
「油っぽい食事は、ドワーフの方々や獣人の一部の人には好評の様ですね――」
小一時間エルフィーと皆の食事の事をあれこれ話しながら作業をしていると
「あるじさまー、今日は何作ってるのー?」
「なにこれ?お池?」
と、作っている物に子供達が興味を示し集まり始めた。
「これは『噴水』だ。
ここの魔石に魔力を込めると水が吹き上がる様になっている。
えーと……リーム、やってみなさい」
丁度良いので、俺は淡い水色の髪をした女の子に試させる事にした。
「はーい」と、彼女は返事をし、さっそく水の魔石へと魔力を供給しはじめた。
リームから込められた魔力が動作量へと達した魔石は、内部に組み込まれた術式を起動させ、川から引き込んだ水を噴水内の導管へと送り込む。
その水が噴射口から吹き上げると、様々な水によるアーチを作り出した。
「ふむ……まぁ、こんな物か」
ちゃんと子供の魔力量でも動作してるし。
あとは流水パターンの制御を組み込んで、排水関連を作れば完成だな。
俺は噴水を作り終えると、次に雲梯や綱渡りなどの高所を移動する遊具を作り始めた。
構造的には簡単な物なので、それ自体は直ぐに作り終えたが、落下事故の安全策として、それらの下部にクッション代わりとなるプールを設置する事にし、その準備に取り掛かった。
時折、エルフィーに意見を求め、話をしながらそれらの事をしていると
「あ! ばはであだ!」
と、近くの遊具で遊んでいた子供達が、こちらに向かって飛んで来たバハディアとレイディアの姿に気が付き、その二人へと群がって行くのが見えた。
何しに来たのだろう?と思って見ていると、どうやら二人もアスレチックに遊びに来たらしい。
先程、サーリやローイとザンジ、その他にもダンジョンへ行っていた他のチームの面々も遊びに来ていたな……
まぁ、子供専用と言う訳ではないから問題は無いのだが。
おっさんや爺さんが子供の様にはしゃぐ姿は、違和感がはんぱない。
隣に居るエルフィーも、自身の両親の姿を見つけてしまった為か、沈痛な面持ちで視線を逸らしていた。
丁度、プールを設置し終えると昼近かったので、俺はそのままアスレチックに遊びに来ていた者達と昼食を食べる運びとなった。
「いやー、あの回転遊具だったか? あれは面白かった」
「お前は回し過ぎだ……途中でヒューガが遠くに飛ばされてたぞ」
様々な遊具で遊びまわっていたバハディアとレイディアの二人が、そんな事を言いながら昼食を食べている。
「また行くならぁ、もう少し頑丈なのを作らないとかしらぁ」
「うーん……ちょっと糸を太くしてみる?」
その隣で、合流してきたシルティアとリーティアも話し合いながら昼食をとっていた。
俺はその竜人達の食事風景を見て、その姿に何故か違和感を感じ、暫し昼食のサンドイッチを食べながら四人の姿を眺めていると、その違和感の正体に気が付いた。
「なぜ……あの鎧をリーティアとシルティアが着ているんだ?」
と、俺はバハディアとレイディアに尋ねる。
朝食の時は黒竜と白竜の鎧はバハディアとレイディアが身に着けていたのだが、今現在その二人は腰布一枚のスタイルに戻っており、リーティアが黒竜の鎧を、白竜の鎧はシルティアが着ているのだ。
「え?ああ。あの鎧でしたら、二人が服を一から作り直すとかで、よこせ……
じゃなくて、貸せと」
「殆どの服がダメになったそうで、その間着る物が無いとかで……」
尋ねた結果、二人はそう答えた。
「この鎧、凄く便利だよ主様。
これ何で出来てるんだろ?」
「すごぉく固いのに、形が勝手に変わって不思議な感じですぅ」
と、リーティアとシルティアも、若干ドレスっぽく変形した鎧を気に入った様子だった。
そういえば、あの二人に指輪の方の能力を説明してなかったか。
あれを使えば、一時しのぎの衣類には困らないのだが……
「リーティア、シルティア。
お前達にその指輪の事で、伝えるのを忘れていた事があった。
その指輪なのだがな、それは『炎装の指輪』と『水装の指輪』と言う物だ」
名前の通り、炎と水を纏う事が出来る指輪だ。
指輪の能力を発動させると、炎と水で出来た衣服が身を包み、その服がオートである程度の攻撃を防いでくれるという優れ物である。
高い防御力を発揮するだけでなく、イメージした形状の服を出す事が出来るし、その衣類を媒体として魔法も使えるので、一からそれらを生み出して魔法を行使するより魔力の消費も節約できるという便利グッツだ。
「今、その指輪に溜まっている魔力量なら、数日間は服を出していられるだろう」
俺が二人にそう言うと、
「これって、そんな指輪だったの? へー」
「綺麗なだけじゃなかったのねぇ。
それじゃぁ、さっそく使ってみましょうかぁ」
と、二人はいきなり鎧を脱ぎ始めた。
一瞬、皆の前で裸になるつもりなのか!?と、ちょっと焦ったのだが、二人は鎧の下に布製の下着らしき物を着用していた。
最近では殆どの者が衣類を着用する様になったが、何時の間にそんな物まで……
文明は日々進歩しているという事だろうか?
いや、エルフィーの入れ知恵かな?
まぁでも、まだ恥じらいと言った物は浸透していない様だ。
「えっと……服をイメージして……『ファイアドレス』――なっ!?」
発動のワードを唱えたリーティアの全身を、ごうっと音を立てて上から下へと真っ赤な炎が包み込む。
その炎が全身を包み、圧縮される様に薄い布地へと変化し、あっという間に爛々と炎の様に光り輝くワンピースへと変化を遂げた。
「そんな風になるのねぇ。
えーっとぉ……『ウォータードレス』」
次に水装の指輪を発動したシルティアは、下から上へと水のリングが幾重にも包み込んでいき、その水が彼女の身体へと渦の様に集まると、陽光ををキラキラと反射させる水のベールが何層も重なったトーガ風の服となった。
うーん……
作っておいてなんだが……
ポーズをつけて使用したら、魔法少女物の変身シーンみたいになりそうだ。
「熱くもないし、不思議な感触……
火が糸と布みたいになってる……」
リーティアは、服の布を撫でまわしてから、スカートのすそを持ち上げ観察をし始めた。
その所為でパンツが丸見えだが……まぁいいか。
「これはぁ、良い物だわぁ……」
と、シルティアは水のドレスを気に入った様子であった。
その後、服飾関連に興味のある者達が二人を取り囲み、その二人は様々な形状を試す様に服の形状を変えて、ファッションショーみたいな状態になった。
俺がそれを、遠目から眺めていると
「主様。昨日のあれらの財宝は……主様が用意されたのですか?」
と、エルフィーがそう聞いてきた。
「……やはり分かるか?」
「もしかしたらと言った程度でしたが……皆さんが、その人のために用意された様な物ばかりを手に入れてましたので」
まぁ、彼女にはバレるんじゃないかと予想はしていた。
「あれは……皆の努力へのご褒美みたいな物だ。
それに、少し感謝の分を足しておいた」
「感謝……ですか?」
「世界が、かなり様変わりを遂げたのでな。
この島の中では必要ない事だが、いずれ皆が外の世界に旅立つ時に……
命の扱いや、戦うという意思と力が必要になる時が来る。
それに先駆けて挑戦し、経験し、学んできてくれた事に関しての感謝だ」
皆が学ぶ事や挑戦する事はまだまだ多いが……
日々進歩している彼等なら、遠からず、俺の庇護なんて必要なくなるくらい強くなるだろう。
その時は、俺は何をしようか――
そんな事を考えながらエルフィーに話していると、彼女の手にある雷の指輪が目に入った。
「そう言えば……その指輪だけは別だったな……」
「え……? この指輪ですか?」
と、彼女も右手を掲げ、人差し指の指輪を見た。
「その雷の指輪だけは、私が用意した物ではない。
あの辺りの階層で宝箱が出現する事は稀なのだが……
それは、お前の努力や意思で純粋に手に入れた物と言っていいだろう」
エルフィーは色々と妙な幸運を持っているのかもしれないな。
「どれ、その指輪にも私の感謝を込めておこう」
俺はそう言い、手のひらの上に彼女の役に立ちそうな術式を込めた魔法陣を、一枚一枚作り上げていく。
やがて円盤状の魔法陣が無数に重なり合い、光り輝く球体状になった。
んー……これ以上は指輪の魔石が耐えられないか?
「こんなものか……エルフィー、手を」
俺は彼女の手を取り、その指に嵌っている指輪の魔石へと、術式光球を米粒ほどの大きさまで圧縮して組み込んだ。
光球が魔石へと吸い込まれると、指輪の鈍色だった地金は淡く七色に光を反射する輝きを持つ様になり、紫色のサファイアの魔石はその中心に小さな光を灯す様に変化した。
「これは……少し外見が変化しましたが……どうなったのですか?」
「お前が今後も努力を続けるのであれば、その指輪に込めた力が順々に解放されていき、その能力を使えるようになるだろう。
名前は、そうだな……『万象の指輪』とでもしておくか。
サイズも変化するようにしたので、好きな指にはめる事ができるぞ」
指輪の変化に驚き尋ねてきたエルフィーに、俺はそう説明した。
「万象の指輪……」
エルフィーはそう呟くと、その指輪を左手の薬指へとはめ直した。
え……そこにはめるの……!?
「エ……エルフィー? その指でいいのか……?」
「はい? 何か問題がお有りですか?」
俺が確認をとると、彼女は不思議そうな表情でそう聞き返してきた。
え……うーん……
指輪自体は俺がプレゼントしたってわけでもないし……
問題は無いのか……な?
「う、うむ。
まぁ、お前が良いのなら、その指でいいのだが……」
「主様の感謝の思いの籠った指輪……一生大切にします」
彼女は嬉しそうに、そう答える。
なんか言葉が若干重い気がするが……
本当に知らないのだろうか……?
いや、まだ結婚なんて文化も無いのだし、問題無いな。
うん、そう思っておこう。




