第59話 仕組まれた財宝と求める力
レイディアの放った光のブレスが、地面から大部屋の天井へと突き刺さり、ボス部屋の中で砂に埋もれていた皆はその光の筋を見上げている。
「やった……か?」
と、その様を見たバハディアはそう声を漏らした。
おいやめろ、さらなるボスを用意しろというのかお前は。
流石に、今回はここまでだぞ。
光の筋が消えるのと同時に、皆の身体に絡まっていた砂が力を失いサラサラと崩れて落ち、皆はボスのコアが破壊された事を悟ると、ほっと安心した表情を浮かべた。
その直後、突然、大部屋の入り口を塞いでいた壁と奥の壁の一部がガラガラと音を立てて崩れ、皆はその音に驚き再度緊張した表情になってしまった。
「なんだ……部屋の入り口が元に戻っただけかぁ……」
「あっちの壁も崩れたぞ?」
リーティアが何が起きたのか気が付くと、奥の方を見ていたバハディアは彼女にそう言った。
「あっちがエルフィーの探してた下へ行く道なんじゃない?
エールフィー! なんかー 壁が崩れてー 道が出来たよー!」
「(今行くわ)」
リーティアは、その様子をまだ下のトンネル内に居るエルフィーへと声を出しながら念話で伝えると、彼女はトンネルの中から念話でそう答えて返事をして、先ほど光のブレスが発射された辺りの地面と砂を土魔法でどけて外へと出て来た。
「皆は無事……みたいね」
と、エルフィーは周囲を一通り見回すと、安堵し一息つく。
「よっ……と。
しかし、倒す為とは言え、あのゴーレムの魔石が採れんかったのは痛いのぅ」
「仕方なかろう。
あの大きさと強さでは核を程良く壊すなぞわしらには無理じゃ」
ドグは出迎える様に居たダグの手を掴み、愚痴をこぼしながら穴から這い出て来て、ダグは苦笑いを浮かべながらそう返した。
ふむ、ゴーレムの魔石が欲しかったのか。
そういえば、彼等は像の制作の際に自身の背の低さに四苦八苦してる事が有ったな……
その後、皆はぞろぞろと新しく出来た通路へと入って行き、その先に有る部屋へと辿り着いた。
「これは、壁の石が光っている?」
「魔石か?かなりの量があるぞ」
その部屋の内部を見たドワーフやエルフ達は、部屋の壁に星空の様に瞬き発光するクリスタルを見て、吸い寄せられるように調べ始めてしまった。
そっちに興味を持っちゃったかぁ……
この部屋のメインディッシュはそっちじゃ無いんだが……
部屋の飾りつけは過剰演出だったかもしれん。
「あれは……宝箱? 昨日見た物と似ているけど……」
と、大半の者は部屋の壁のキラキラ光る演出に気を取られていたが、エルフィーは部屋の真ん中に置かれてある物をちゃんと見つけてくれた。
そうそう、そっちそっち。
さてと、では俺も行くとするか。
「皆、よく頑張ったな」
と、俺は空間ゲートを作り皆の居る部屋へと現れた。
「あれ?主様? もう夕食の時間なの?」
「いや、そろそろ夕方でもあるが……皆を迎えに来たのだ」
そう言い、俺は説明を始めた。
先程の大部屋は、部屋の主を倒して数日経過しないと、次の階層への道が現れない事。
三日も経過しているので帰りが遅いと寂しがっている者もいるので、一旦帰って来なさいと。
大部屋の仕組みに関しては嘘だ。
このまま進んでは危険だから、今回の経験を生かしてちゃんと準備などをしてから挑んで欲しいという、足止めの為の処置である。
「それとこの部屋は、あの大部屋の魔物が溜め込んでいた財宝の隠し部屋だな。
そこの箱の中身は、あれを倒したお前達の物だ」
と最後に説明すると、皆は宝箱に群がり始めた。
ま、宝箱の中身は、開ける直前まで空っぽなんだけどね。
――竜人チーム――
「それじゃ、私達はこれにしよっと!」
と、リーティアはさっそく真ん中に有った宝箱を選んで蓋を開けた。
その宝箱は開けた者を識別して、その者に合わせた物が中身に出現するようになっているので、あの中には――
「何これ……? なんか一杯入ってるね」
「そうねぇ……これはぁ、何かしらぁ? キラキラしてるけどぉ……服ぅ?」
と、箱の中を覗き込んだリーティアとシルティアの二人は、中身を見て不思議そうに言うが、それも仕方のない事か。
竜人達に渡そうとしている品物は、どれもが金属で作った物ばかりだからな。
「それは『鎧』という防具だ。
それが二組と……指輪も二つあるな」
と、俺が箱に入っている物を説明してやると
「指輪ッ!? どれっ!? 主様! どれが指輪なの!?」
と、二人は指輪の単語に食いついてきた。
まぁ、希望に沿うようにと用意した物だから当たり前か。
「そ、そこの小袋の中だ」
二人の意気込みに若干気圧されながら、淡い紺の光沢を放つベルベット調の布で作られた袋を指さすと、二人はその袋から早速中身を取り出した。
「ほわぁ……きれー……」
「これはぁ……良い物だわぁ……」
と、二人は手の平の上にある指輪を眺めながら声を漏らす。
二人へと作った指輪は、炎装の指輪と水装の指輪と言う。
赤み掛かった金色の幅広の地金のリングに炎の文様をあしらい、大粒の火の魔石を取り付けた物が炎装の指輪。
青みを帯びた銀色のリングに、水をイメージした模様と水の魔石を嵌め込んだ方が水装の指輪だ。
二人の好みに合う様に作ったつもりだが、二人の様子を見る限り気に入ってくれた様だな。
食い入るように見つめているから、説明は後でいいか。
「これが鎧か……レイ、お前はどっちにする?」
「黒と白の二組か。お互いの色ので良いのではないか?」
と、バハディアとレイディアの二人は、箱に残された鎧を興味深そうに眺めながら相談し、バハディアは黒を、レイディアは白の鎧を選択した様だ。
「それは『黒竜の鎧』と『光竜の鎧』だな」
と、俺は神語で二人に鎧の説明を行う。
バハディアとレイディアに用意した鎧は、俺がモンスター討伐時に作って使っていた物を、彼等の特異な体の形でも着れる様にと、自動形状変化機能を施して仕立て直した物だ。
バハディアの選んだ黒竜の鎧は、黒色の地金のプレートアーマーで、その所々を金色の金属で縁取りと模様をあしらってある。
かなりの強度があるだけでなく、着込んだ者に向けられた攻撃系の魔法を吸収して着用者の体力と魔力を回復する能力を持つ。
レイディアの選んだ光竜の鎧は、白を基調とした地金に青色の金属の縁取りと模様のある鎧で、攻撃魔法を反射する能力を持っている代物だ。
「黒竜の鎧……吸収?ふーむ……」
「吸収と反射ですか?
理屈は分かりますが……どの様な利点があるのでしょう?」
鎧の能力を把握した二人は、今一能力の使いどころが分からない様だ。
「魔物は、魔法を使って攻撃してくる事もあるからな。
この下の階層に行くつもりなら役に立つはずだ」
「なるほど。では、さっそく着てみます」
と、二人は鎧を手に取り着込み始めた。
――獣人チーム――
「どれどれ……こっちも色々入ってるな。
変な輪っかに、なんだこの板は?」
と、ヒューガ達獣人チームも、近くの箱を開けていた。
「それらは『三護の防具』と言う。
その一つ一つが同じ効果を有している物だな」
その箱には、胸当て、首飾り、ベルト、がそれぞれ一つずつに、腕輪が二個入っており、それらに付加されている能力は、一日三回まで危険なダメージを防いでくれるという物だ。
朝日が昇ると回数がリセットされ、再度同じ効果を発揮するようになる。
まぁ、ちょいちょい無謀な行動をする彼等の為に用意した効果だな。
「三護の防具? 一日に三回までか……何個あるんだヒューガ?」
「ちょっと待て。
いち、にー……お? ちょうど五個あるぞ」
ガオンは俺の神語での説明を反芻しヒューガに尋ねると、ヒューガは中に入っている五つの部位を数えて皆に伝えた。
「それじゃ私はこれー」
「俺はこれにするかな」
と、ヒューガは胸当てにし、バグゥは首飾り、ガオンはベルト、ミーニャとキューは腕輪に決めた様だった。
――エルフチーム――
「箱の中にまた箱?……これは、色々と入っているな」
「それは、彫金や彫刻に使う工具ですね」
ムート達は、宝箱の中にあった工具箱を取出し中身を見ると、それをエルフィーが解説していた。
俺の手間が省けて助かる。
エルフチームへは、彼等の趣味に役立ちそうな物をと、器具関連を用意した。
あの中身を使えば、世界に有るほとんどの物を加工する事が可能だろう。
エルフィーに関しては欲する物が不明だったので、後ほど聞き出して偶然を装い渡そうと考えている。
――混成チーム――
「ほれ、ローイ。お前もどの箱にするか決めろよ」
「僕が決めていいの?
それじゃあ……僕達はあの箱にしようか」
と、ザンジが促すと、メンバーのウアとサーリとガウの三人もそれに賛同して頷き、ローイは一つの箱を選んで開けた。
彼等に用意した物は、自由に選んでもらうと無意味になってしまうので、俺は説明をしながら「これにしとけ」と目的の品を促す事にした。
ローイ少年にはエクスペリエンスアンクルという腕輪で、能力の成長を微増してくれる腕輪だ。
彼は、心や意思は強いのだが、それに能力が伴ってないからな。
これを付けて色々と冒険して、成長して欲しいものである。
ザンジには無刀の腕輪と言う、SPを使って不可視の刃を手の先に発生させる腕輪を用意した。
これは、彼が狂戦士化とは別に体得しつつある手刀という技能を強化する装備である。
皆に用意したアイテムの中では、唯一攻撃に特化した装備であるが、彼なら使いどころを間違えないと願いたい。
ガウに用意した物は獣王のベルトで、身体能力を2割増し程度に増加してくれるベルトだ。
これを装備していれば、若かりし頃の身体能力を取り戻せるだろう。
ウアには王と女王のペアリング。
付けている互いの居場所が分かり、その相手の場所へと空間を繋げて行く事が出来る対の指輪だ。
ウアにと言うより、この世界初の夫婦となった二人の為に用意した物だ。
サーリには無極吸魔のチェーン。
首飾りに取り付ける事が出来る細い鎖で、着用者の魔力が満タン状態の時は微弱に魔力を吸い上げて溜め込み、逆に枯渇に近くなると溜め込んだ魔力を還元する機能が有る。
彼女は未だにあの聖の魔石のペンダントを持っているのだが、前に首紐が切れて落としてしまい半泣きで探していた事が有ったので、これを送る事にした。
――ドワーフチーム――
ドワーフ達は部屋の周囲のクリスタルを調べていくつか採取すると、残された最後の宝箱を開けた。
「これも魔石かの?」
「ずいぶんと大きいが、これ一個かの?
アレは無いのか?」
と、宝箱を開けて中身を取り出したドグとダグは言う。
「その玉は『石の従者の宝玉』だな」
俺はその拳大の琥珀色の宝玉の説明をした。
石の従者の宝玉は、魔力を込めると石のゴーレムを生み出して使役できる宝玉で、ダンジョン産の魔石の様に使い捨てでは無く何回でも使用できる。
生み出した後は宝玉を所持していなくてもゴーレムを使役できるし、形状や大きさも有る程度はイメージに沿った物を作り出せるので、色々な作業を行う彼等には便利な助手として役に立つ事だろう。
皆で仲良く使ってくれれば良いなぁ。
「石の従者……これは便利そうですな」
「たしかに色々と助かる代物じゃが……
ここには無いのかのぅ……」
俺の言った神語の内容を把握してドワーフ達は喜んだが、どうにも彼等は別の物を欲している様だった。
「ふむ? 何か探している物でもあるのか?」
と、俺はそれが気になり、思い切って聞いてみる事にした。
「ダンジョンには、あのヤマタノヒュドラが飲んでいた酒という物が有ると思ってましてなぁ……」
「もしや、まだまだ下の方へ行かんと手に入らんのですか?」
酒……?
あー……そういえばアレンジ昔話の描写でそんな事を言ったか。
しかし、酒かぁ……
種族的に引き付けられるフレーズだったするのだろうか?
体内に酒を溜め込んでいるモンスターも居るには居るが……
彼等に存在が知られたとたん狩り尽されそうな予感がするな。
「さすがに、そういった物がダンジョンで手に入るのは稀だな。
ふむ……まぁ、今日の夕食にでも私が振る舞おう」
「おぉ!!それはまことですか!?
では、はやく帰りましょうぞ!!」
「ほれ! 皆、さっさとお宝を持って帰るぞ!
急がんかっ!!」
ガッカリしている彼等を不憫に思い俺が夕食に出すよと言うと、彼等は疲れていた表情から一変し皆を急かして、俺達は慌ただしく世界樹への元へと帰還したのだった。
なんだか盗賊になった気分だ……
とりあえず、俺は皆を世界樹の根本へと送り届けてから、未だダンジョン内を彷徨っていた人間の若手チームも回収して帰った。
そして、夕食はそこそこ豪勢な物を用意し、彼等の活躍と帰還を祝う宴となったのだった。
酒に関しては、作りはしたがいいが味見だけしてアイテムボックス内に死蔵してあった物を振る舞った。
俺自身が酔えない体をしているので、味しか楽しめないので処分に困っていた物だったのだが、こんな所で役に立つとは思わなかったな……
見た感じでは、美味しそうにドワーフ達は飲んでいる様子だ。
まぁ、度数の弱い物を渡したので、とんでもない事にはならないだろう。
その様子を見ながら、俺はダンジョンでの出来事を振り返っていた。
今回、動物に近い姿の魔物の命を奪う者は居なかったが、姿が動物とはかけ離れている植物系統やゴーレムの魔物にはしっかりと対処できるようになった者が出始めた。
まだまだ島の外の世界では心もとない状態だが、少しずつでも命の意味や、それに付随する物事を学んでくれれば……
……そう遠くない内に、皆の世界も広がるかもしれないな。
そんな事を考えながら、俺が篝火の光に照らされて騒ぐ皆を眺めていると
「主様」
と、エルフィーから声を掛けられた。
「ん?なんだ?」
「下層への道は、いつ頃開くのですか?」
「そうだな……二日もすれば出来ているはずだが、また向かうのか?」
「はい。そのつもりです」
「ふむ……エルフィー、お前は何を求めダンジョンに挑むのだ?」
「……漠然とした答えになりますが……
……力、でしょうか」
俺が気になっていた事を問い質してみると、彼女はそう答えた。
力か……
たしかに、それを求めるのであればダンジョンは最適だが……
「この生まれ変わった世界で目覚めてから、ずっと感じていたのですが……
主様はとても長い時を経て、かなりの御成長を遂げておられますよね?」
「……そうだな」
一億年以上の時を体感時間で経験したわけでは無いが、それでも万を軽く超える時の間、俺は地上で活動をしていた。
結果、人と獣人とドワーフとエルフの四体の神体は、途轍もない強さや能力を獲得している。
昔はGPを使わねば無理だろうと思っていた事が、今では片手間に行える程だ。
「今の私では、主様の御力になるのは難しいのです。
せめて、前の様に……
主様のなさる事の、お手伝いを出来る位にはなりたいと……」
と彼女は言った。
俺は咄嗟に「お前は十分、私の助けになってくれている」と言葉を返そうとしたが、それは止めた。
彼女の言う力とは、昔の様に俺の片腕とまで言える能力を身に着けたいという事なのだろう。
しかし、それは正直難しいと思う……
だが、彼女がそれを望み、進み続けるというのであれば……
「そうか……エルフィー、頑張りなさい」
俺は、彼女にそう答えた。
可能性の問題ではないのだ、求めねばその可能性さえも生まれない。
「はい」
エルフィーは、さらなる決心を込めた瞳で、そう答えた。
まぁ、彼女が行き詰まる事が有ったら、その時に俺が手を貸せば良いだろう。




