第53話 ダンジョン突入!! その3
リターンクリスタルに仕込んであった緊急時自動帰還機能で、ザンジが世界樹の根本へと戻ってきた。
移送と同時に怪我などの回復も済んでおり、身に着けていた衣服以外はきれいさっぱりと健康な状態に戻っている。
「(主様! ザンジの奴が消えたのですが、何かご存知ですか!?)」
と、ガウから慌てたように俺に念話が届いた。
「(大丈夫だ。ザンジは私の所に居る。
既に怪我なども治してあるし、直ぐにでも目を覚ますだろう)」
俺はドワーフと混成チームのメンバー全員に、そう伝え彼等を落ち着かせる。
そんなやり取りをしている最中、現在進行形でピンチ?に陥ってる者達が居た。
――竜人チーム――
ガンシードプラントのボス個体と遭遇した竜人達四人は、全員が触手の様な蔓に絡め捕られて、中空へと体を固定されていた。
いつもであれば、このボス個体は捕らえた獲物をこの様に大量の蔓で締め上げながら中空に持ち上げ後、周囲に大量に生えている子分のガンシードプラントに一斉射撃をさせて攻撃する手段を執るのだが……
一昨日、俺がその子分のガンシードプラントを、ダンジョンの入り口付近に全部持って行ってしまったせいで、現在この部屋にはボスのみしか居ない。
それに気が付いたらしい、ボスシードプラントは「あれ?」といった感じで、頭部と思われる壺状の実を左右に振り、周囲を見回していた。
「ぐがーーッ! はーなーせー!!」
「このッ! ぐぐぐ……」
その隙に、竜人達四人は如何にか拘束から逃れようともがいているのだが、全員が手足だけでは無く羽や尻尾まで拘束されており、かつ中空に持ち上げられてる為か、上手く力を入れられない様子でジタバタとする事しか出来ていない。
四人とも、なんとか首に巻き付かれるのだけは阻止しているが、それ以外は何もできない状態だ。
それに、レイディアとバハディアの両名はいいとしても、リーティアとシルティアに関しては女の子がしていい様な恰好では無いなぁ……
これは、少し手助けが必要だろうか?
と、俺が少し悩んでいると、シルティアがもがく事をピタッと止め
「この…………『凍てつけ』……」
と、底冷えする様な声音の神語で紡がれた魔法を発動した。
すると、彼女の下の地面を中心に、氷が軋む音を立てながら周囲へと広がって行き、部屋の地面全体を覆ったかと思うと、その氷は地面から生えている蔓やボスシードプラントの表面へも伸びて行き、部屋の内部に有る全ての物を凍り付かせ始めた。
現状では、魔法に長けているシルティアだけしか遠距離攻撃を使えないと踏んでいたので、彼女がどんな魔法の使い方をするのか気にはなっていたが……こんな手段をとったか。
それに、シルティアの性格もあるのだろうが、相手が植物系のモンスターで人とはかけ離れている姿をしているという事もあり、ガウ達とは違い攻撃に躊躇が見られない全力攻撃だ。
しかし、ボスシードプラントを凍らせるのは良いが、あのままだと……
「よし、いいわよ! シルティ! あいつをやっちゃ……え?
ちょ、シルティ……?
これ私達も凍るからぁ!?
あッ冷たっ! 尻尾! 尻尾がぁ!」
「むあッ!? シルティ、お、おちつけぇ!」
と、リーティアやレイディア達は、自分達にも向かって這い上がって来ている氷に気が付き騒ぎ始めた。
「大丈夫よぉ。
後で主様に解凍してもらうからぁ、安心してねぇ……」
シルティアは、蔓で煽情的な格好で縛り付けられながら黒い笑みを浮かべ、三人にそう告げる。
なんか、ボスシードプラントなんかより、彼女の方が脅威になってるな。
俺はその様子を眺め、凍る前に助けるべきか、凍った後に助けるべきかの二択へと、脳内の救出プランを変更したのだが、その必要は無かったらしい。
「ふふふ……ふふ? あ……あれぇ? 魔力がぁ……」
と、シルティアのMPが0になり、魔力枯渇で彼女が気を失ったからだ。
まぁ、彼女も魔法の扱いに慣れているとは言っても、ぶっつけ本番で攻撃に転用するのは難しいようだな。
「と、とまった? ふぅ……――」
と、リーティア達は氷漬けを免れ、ほっと安堵の息を漏らす。
ボスシードプラントも地面から生えている体?の半分ほどまで這い上がって来ていた氷が止まり、心なしか三人と同様にほっとした様な雰囲気である。
「――って、安心してる場合じゃない!
バハ! レイ! 今のうちに脱出するわよ!」
と、リーティアは事態の打開が済んでない事に逸早く気付くと、二人へと叫ぶ。
「お、おう!」
「そ、そうだな!」
言われた二人はそう返し、さっそく蔓からの脱出を試み始めた。
三人が激しく暴れる様に体を揺さぶっていると、レイディアとバハディアは体に巻き付いていた蔓がほぼ凍り付いていた事もあり、氷の砕ける音と共に蔓が折れて、二人は無事脱出に成功した。
しかし、その二人よりも力が弱く体重も軽いリーティアだけは、二人の様には上手く行かず、蔓が巻き付いたまま根本だけが折れ地面に体ごと倒れこんでしまう。
ボスシードプラントも、体に纏わりついた氷を何とかしようと身を捩ってもがいていたのだが、三人が蔓から逃れそうになってる事に気が付くと、慌てた様に頭の種の射出口を竜人達に向けて射撃体勢を取ろうとした。
「む? レイ! シルティを守れ!」
と、それに気が付いたバハディアは、気絶しているシルティアの直ぐ近くに居るレイディアへと叫び、自身はまだ動けないリーティアの元へと走った。
ボスシードプラントは一番近くに倒れているリーティアへと、頭頂に開いた六つの射出口の照準を合わせると、まるでガトリング砲の様に撃ち始めた。
そこへバハディアが間一髪のところで間に合い、彼女に迫る全ての種弾を全身を使って防ぐ事に成功する。
しかし、ボスシードプラントの種弾は、大きさが普通のガンシードプラントの倍以上もあり、その上、弾速も早い。
「ぐッうぅううぅううう!!」
その雨霰の様に絶え間なく撃ってくる種弾をその身で受け、いかに頑丈な体を持つバハディアと言えど、体のあちこちの鱗が弾け飛び、傷を負い始めた。
だが、バハディアはそこから一歩も動かず耐え続ける。
「バハッ!?
え? ダメよ……逃げて!!」
リーティアは自身の体に巻き付いた蔓を引き剥がそうと頑張っていたのだが、自分を守る為にそれを受けているバハディアが、鱗や血を飛び散らせ酷い傷を負っている事に気が付くと、悲痛な声で叫んだ。
「だ、大丈夫だッ! お前は身を小さくして、そこを動くな!」
と、バハディアは、唯一撃たれるとまずいであろう目の部分だけを片手で守りながら、少しだけリーティアの方へ顔を向け、不屈の闘志を宿らせた瞳と言葉で言い放つ。
この状況――
バハディアはリーティアを守る為に動けず
リーティアは火の魔法を遠距離攻撃として使うにはまだ未熟で
レイディアは気を失っているシルティアを守る必要があり、うかつに動けない
――手詰まりで、かなり絶望的な光景に見える。
だが……実を言うと、もうこの勝負は竜人達の勝ちなのだ。
寒さに弱いボスシードプラントは氷に半分覆われているせいで既に瀕死に近い状態であり、地面もその分厚い氷に閉ざされているので、新たに触手を出す事も出来ない。
そして、いつもは子分のガンシードプラントに攻撃を任せている事からも明白だが、ボスシードプラントの持つ種弾の装弾数はそこまで多くないのだ。
あと、十数秒も種弾を撃てば弾切れとなり、バハディアもその程度なら充分に耐えれる耐久力を持っているので、その後ボスシードプラントは煮るなり焼くなり好きにしろ状態になってしまう訳である。
しかし、ここまで必死に戦ってその幕切れでは、なんと言うか……
華々しさと言う訳では無いが、彼等にも手応えや経験として薄い様な気がする。
そこで、俺は少し手助けをする事にした。
んー……位置的に、バハディアしか無理か?
リーティアもレイディアの位置も誤射が怖いしな。
よし、バハディア、君に決めた!
――バハディアよ……力が、欲しいか?――
彼の体感時間のみを引き延ばし、俺は彼の心に語り掛ける。
――主様!? これはいったい!?――
と、バハディアから驚きの感情と言葉が返ってくる。
――奴を滅し、皆を守る力が欲しいか?――
俺は再度、彼に返答を促す。
――力……俺に、その力を授けてください!――
バハディアから「奴を滅す」の部分に、若干の葛藤を感じているのが伝わってきたが、直ぐに決意の意思が返って来た。
――いいだろう……バハディアよ『ブレス』を使うのだ!――
俺はその彼の決心に応じ、ドラゴンや竜人が持つ特殊能力『ブレス』の使用法を神語で伝え、彼に掛けていた体感時間の延長効果を止める。
その瞬間、バハディアは顔の前にかざしていた腕を勢い良く振り抜き、迫っていた弾丸を弾き飛ばすと、ボスシードプラントに向けて顎を大きく開き
「ガアアァァァ――――!!!」
と、咆哮と共にブレスを放った。
バハディアの口から放たれたブレスは、闇の力を帯びた黒い光とでも形容する糸のように細い光線だった。
だが、その威力は絶大だ。
その黒い光線が一瞬でボスプラントへと伸びて貫いたかと思うと、その線を中心に全ての物が吸い寄せられ飲み込まれていく。
バハディアとリーティアに迫っていた種弾も
ボスシードプラントの体も
それどころか周囲の空気や光さえも
その黒い線に触れた物は一瞬で飲み込まれ消滅する。
その光景はまるで、事象の地平面へと全てを連れ去るブラックホールだ。
ブレスの照射は瞬きにも満たない時間であったが、それに飲み込まれ出来上がった真空の空間へと周辺の空気が竜巻の様に集まり、離れた所に居たレイディアとシルティアまでもがその豪風に翻弄されて地面から体が浮きかけ、レイディアはあわててシルティアの身体を抱え地面に伏せた。
ブレスを放ったバハディアとすぐ後ろに居たリーティアは、ブレススキルの保護効果に守られ何の影響もないが、射線上に有った物はきれいさっぱりと消え去り、ボスシードプラントはもちろんの事、後方の壁にも先が見えない程の深さの穴がぽっかりと開いていた。
放った本人も、それを間近で見ていた彼女も、ブレスの威力と効果とそれが作り出した光景に、驚きの表情のまま固まってしまっている。
SPの殆どを使い切って放った物とは言え、スキルランク1でこの威力とは、さすが闇属性のブレスである。
他の属性のブレスもやばいのだが、光と闇のは別格だな。
俺も昔、闇系統のドラゴンと戦って撃たれた時は、少しびびった程だ。
それに、こう、ピンチの時に神様や悪魔とかから力を与えられて、強敵を倒すのってヒロイックな物語の主人公みたいで格好良いよな。
これにはバハディアも満足してくれただろう。
と、俺がほくそ笑んでいると。
「ちょッ!? 主様! な、なんですこれ!?
こんな物が出るなんて聞いてませんよ!?」
と、バハディアからは抗議っぽい事を言われた。
「(何と言われてもな……それがブレスだ。
お前達竜人が元から持っている能力の一つだが、今までは教える機会も使う必要もなかったのでな。
今回、めでたく、その出番が来たという訳だな。
あぁ、それと、危険なので人に向けて撃ったりしない様に。
練習する際は人が居ない場所か……空に向けて放ちなさい)」
と、俺が簡単な諸注意を伝えると、バハディアとレイディアとリーティアの三人からは
これって使っていい物なの?
本当に大丈夫?
といった困惑の感情と「はい」との返事が返ってきたのだった。
――エルフ―ム――
残すは、巨大スライムと対峙していたエルフチームの7人なのだが……
こちらの戦闘はすでに終了している。
「スライムですね」
と、エルフィーは言うと、白い半透明の巨大スライムへとスッと手を向け、雷撃魔法を放ち、スライムの体の中にあるコア器官を破壊し速攻で倒していた。
哀れ、こうしてボス個体でもあったコラーゲンスライムは彼女と接敵して数秒でやられたのである。
その、彼女の速攻と、ドロドロに形が崩れていくスライムの残骸を見たムートは
「おぉ……お? これは、もう倒した……という事か?
スライムというのは、即座に攻撃しなければいけない危険な物だったのか?」
と、戸惑い気味にエルフィーに尋ねた。
「危険という程ではありませんが……なんと言いますか、嫌な予感がしまして。
この魔物は、色々と溶かしたりする生態を持っているはずですので……近寄りたくなかったんです。
服とかに付くと、その……」
エルフィーは、説明の最後の方で言い淀んだが、その心配は無い。
このコラーゲンスライム、名前からも分かる通りコラーゲンたっぷりのスライムで、スライム特融のプルプル感だけは素晴らしいのだが、溶解能力などといった攻撃能力はほぼ無い。
せいぜいが、飲み込んで窒息させるくらいの事しか出来ないのだが、動きも遅いのでそれも難しかったりする。
なんとも、良く分からない存在のモンスターだ。
いや、ゼラチンの素材としては重宝しているので、ある意味貴重なモンスターではある。
しかし、エルフィーは物怖じしない性格が強いせいか、他の皆の様な戸惑いなどの反応が薄いな……
そんなこんなで、皆の生き物としてのリハビリの第一歩が、こうして開始されたのだった。




