第50話 いざ!ダンジョンへ その3
そろそろ夕飯の支度をしなくてはと思い、俺が今日の献立は何にしようかとアイテムボックス内の食材を眺めていた頃
――竜人チーム――
「地上にも、あんな物があるのか……」
と、バハディア達は木に背を預けて座り話し込んでいた。
「あの木の上のは、下には撃って来ないみたいだけど……
下は下で変なのが多いね……」
「あの草……あれはきついな。俺の鱗でも防げないとは……
ヒューガ達はエルフィーから、あんな物を食らってたのか」
リーティアとバハディアは、地上にも設置してある数々のトラップやモンスターに、辟易した様子でそう洩らす。
「これは地上を行く方が困難ではないか?
空の方なら、数が多いとはいえ、あの蔓みたいな物だけしか……
……ん? なんだ?」
レイディアが話していると、彼等から少し離れた所から物音が聞こえ、その音のする方に竜人の四人は目を向ける。
その音は、森の木々の枝や草を邪魔だと言わんばかりに弾き飛ばしながら駆け抜ける獣人達の音だ。
ヒューガを先頭に、彼の後ろにバグゥとガオンが、そのさらに後ろにミーニャとキューとが続き、彼等は大地を蹴り、時には巨木の幹さえも足場にし、森の中を一つの大きな獣の様に駆けていた。
「あれはッ!? ヒューガ達!?――」
リーティアは、その獣人達の驚異的な走りを見て驚きの声を上げる。
その声に答える様に、先頭を行く黒き豹の獣人ヒューガの視線が座り込んでいたリーティアへと向かられ、二人の視線がぶつかり合う。
その瞬間、彼はニヤリと口から牙を覗かせて笑い、すぐさま視線を前方へと移し目指す先を見据えた。
「――ッ! あいつらダンジョンに向かってる!」
と、リーティアはヒューガ達の向かう先を悟り、立ち上がりながら声を上げた。
――ヒューガ獣人チーム――
「見えたッ!」
と、先頭を走るヒューガは、木々の合間に見えた岩山と開けた大地を目で捕らえて叫んだ。
そこからダンジョンの入り口までは500mといった所か。
彼等の速度なら1~2分で到着しそうな距離だが……
さて、無事にたどり着けるかな?
ヒューガ達は10秒も掛からず森を抜け出て、そのままの勢いで入口へと向けて疾走する。
少しは風景の異様さに足を止めるかと思っていたのだが、そんな事は無く、一直線に入口へと向かって駆けている。
だが――
「ぎゃんッ!!」「いぎッ!?」
と、バグゥとキューの二人が声を上げて転倒した。
二人が転倒した原因は、地面に有る薄い紫色の葉をした草を踏んだせいだ。
その草は俺が雷草と呼んでいる草で、踏んだり掴んだりといった圧力を加えると、一瞬だが放電現象を引き起こし、その後枯れた様な茶色い葉になるという面白い草である。
放電は一瞬だけで威力もさほど無いのだが、周囲にその草が何本も生えており、あの二人みたいに転げるように倒れると――
「いでっ! いだだ! いいいいてててて」
「いたい! いたい!」
――と、船の上に一本釣りされた魚の様に、地面の上を跳ね回る羽目になる。
ちなみに、少し前にレイディアとバハディアの二人も同じ目にあっている。
「なっ!? どうした!?」
と、さすがのヒューガも、地面を飛び跳ねる様に転がる二人の叫び声を聞き、急ブレーキを掛け立ち止まる。
「そ、その草だ! その変な色の草に触るな!
エルフィー先生の魔法みたいな痛みが走るぞ!」
転がってたバグゥは安全地帯に逃れると、地面の雷草を指さした。
キューの方も雷草からなんとか逃れたが、地面の上でビクンッビクンッと痙攣していた。
ステータス的には大丈夫だから、問題ないだろう。……たぶん。
「ちっ、これのせいか?リーティア達が足止めされてたのは」
「どうかにゃー? あの四人は空飛べるから、こんなの飛び越えちゃえば良いだけじゃない?」
ヒューガの疑問にミーニャがそう答える。
「それもそうか。
……となると、此処に有る物は全部怪しいと考えた方がいいか。
おい、キュー大丈夫か?」
「な、なんとかぁ……」
ヒューガが倒れたままのキューへと声を掛けると、キューはよろよろと起き上がりながらそう言い、鞄の中から世界樹丸を取出し一粒飲んだ。
「よし、お前ら! 気合入れろ!
バルゥ達と試合する時並みに集中だ!
ここからは、怪しい物は全部避けて行くぞ!」
キューとバグゥの回復を確認したヒューガは、全員に向かい檄を飛ばす。
それに4人が「おう!」と答えた時だった。
「まぁぁーてえぇぇぇーー!!」
と、怒気を孕んだ声と共に、リーティアを先頭に地を這うような低空飛行で飛翔してくる竜人達が現れた。
「もう来やがったか! お前ら行くぞ!」
そして、竜人達の登場とヒューガの声を合図にデットヒートが始まった。
獣人達は一陣の風となりダンジョンの入口へと向かい、それを追従する竜人達。
数々のトラップが、その彼等を襲う。
近づくと10倍以上に膨れ上がり周りの物を弾き飛ばすキノコ
走る者の足を払うように枝を振り回す木々
下を通ろうとすると頭上から落ちて来る固く重い木の実
地面の様に見えるが踏むと流砂の様に沈み込む落とし穴
獣人の先頭を走るヒューガは全身をくまなく使い、日頃の野や森を駆けまわっている経験と球技や取っ組み合いなどで鍛えた反射神経を持って、キノコをギリギリで回避し、迫る枝を叩き折り、最小の動きで木の実を躱し、地面の中へと足が沈み込んだ瞬間、もう片方の足を穴の淵へと叩き込み前方へと飛び越える。
それに付いて行く獣人達も、そのヒューガの動きと向かう先を瞬時に判断し追従する。
――竜人チーム――
前を走る獣人を追いかける竜人達は、障害を突破しながらも進む速度が落ちないヒューガ達の姿に驚愕した。
だが、バハディアは即座に気を取り直し
「リーティ! 俺の後ろに来い!」
と、前を飛ぶリーティアに叫ぶ。
「レイ! 奴らの後ろを追うんじゃ間に合わん! 一直線に行く!」
「ッ! 了解した!!」
バハディアは隣で飛んでいるレイディアにも力強く言うと、彼の考えをレイディアも即座に把握し力強く返した。
リーティアがバハディアの真後ろに回り、シルティアもレイディアの後ろへと移動すると、竜人達は先程のリーティアを先頭とした菱形から、バハディアとレイディアを先頭にした四角形へと編隊を組み直す。
「行くぞ! 『我等が身を重く!前へと落ちよ!』」
バハディアは神語で闇魔法を唱え、それを全員に掛け、四人はダンジョンの入り口へと真っ直ぐに突き進み始めた。
彼等の戦法は単純明快で、前を行くバハディアとレイディアが進路上の障害を全てその身をもって排除し、愚直に最短距離を行くという物だ。
二人は、自身の体を一切守ろうとはしない。
後方を飛ぶリーティアとシルティアへと迫る物だけを強靭な爪や腕で弾き飛ばし、その他一切合切は大きく成長し頑丈な鱗で守られた体で受け、只々、前へ前へと突き進む。
これが彼等の昔からのスタイルだった。
四人に降り掛かる災いは、漆黒と白銀の鱗を身に纏う、人とも獣とも違う体躯を持つその二人が、全ての盾となり防いできたのだ。
先行する獣人達が縦横無尽に吹き抜ける風とするなら、それを追い越そうと、全てを弾き飛ばしながらも真っ直ぐに突き進む竜人達は大砲の砲弾の様だった。
獣人達の方がスピードは早いが、所々にある沼などを迂回せねばならずダンジョンの入り口までの距離は見た目より長い。
竜人達の方は真っ直ぐ進めるので距離は短いがスピードでは劣っている。
この勝負……どちらが勝つか、ギリギリの差になりそうだなと思いながら、俺は皆の夕食に出すおにぎりを高速で握っていた。
残り100m。決着まで10秒も掛からないだろう。
獣人が先か!
竜人が先か!
俺がおにぎりを3000個握り終えるのが先か!
今日の献立は、梅! 昆布! 焼き! の三種のおにぎりだ!
そして、両チームは、ほぼ同時にダンジョンの入口へと辿り着く。
勝敗の結果は、ヒューガが先にゴールはしたが、チーム全員がゴールしたのは竜人達の方が早かった。
そして俺は全員がゴールした直後に、最後の一個を握り終えた。
ふふ、皆やるじゃないか……
俺に本気でおにぎりを握らせてそれに勝つとは……
と、俺が心の中で両チームに称賛を送っていると
「よっしゃーッ! 俺達が一番乗りだ!」
と、ヒューガが拳を掲げ勝鬨を上げ
「はぁぁ!? ふッざけんじゃないわよ!
先に全員が到着したのは私達の方が先よ!」
と、やはりと言うか、リーティアが物言いを付けた。
まぁ、あまり仲の良ろしくない二人なので、俺もこうなるだろうなと予想はしていたし、それは他の者達も同様らしく、しばらくは言い合いで時間を食いそうだと思ったのか
「んー……奥に階段があるねぇ……
てか、レイディアもバハディアも傷だらけじゃん。
大丈夫?」
と、キューは入り口の奥を見た後に、近くの二人に話しかけ
「これくらい、たいした事は無い」
「私も大丈夫だ。
しかし、内部はかなり暗そうだな」
と、バハディアとレイディアも答え、リーティアとヒューガ以外の者達は、辺りを見回しながら普通に会話を始めたのだった。
――エルフ、ドワーフ、混成チーム――
彼等は、夕方前には壁の残骸が見える位置にまで来ており、明日に備え、早めにキャンプ地を決めようと話し合いをしていた。
俺は、そこへと空間ゲートを繋ぎ
「夕飯を持ってきたぞ」
と、人数分のおにぎり弁当を持って行った。
「うわっ!? あ、主様!?」
いきなりの俺の登場で全員が驚き、数人がその様な声を上げる。
「え? 主様、わざわざ届けに来てくださったのですか?」
と、エルフィーも戸惑い気味にそう聞いてきた。
「大した手間で無いのでな、様子見も兼ねて来ただけだ」
そう言い、全員に籠状に編んで作ったお弁当箱を渡していく。
中身は、先程作り終えたおにぎり、それとたくあんが数枚入っているシンプルな物だ。
「あ、ありがとうございます」
と、皆は俺の差し出した弁当箱を、若干、困惑気味に受け取った。
「ここから少し先に行くと、丁度良い空き地が有る。
今夜はそこで休みなさい」
俺がそう助言を残し帰ろうとすると
「主様、ヒュー……他の者達の様子は大丈夫ですか?」
と、ガウが尋ねてきた。
「他のダンジョンに向かった者達も全員無事だ。
ヒューガとリーティア達は少し前にダンジョンの入り口に到着したところだな。
ウアル達は、少し迷ったせいで、まだお前たちの後方に居る。
バルゥ達は……海に居る」
そう言うと、ガウはほっとしたり困惑したりと表情がころころ変わり、一緒に聞いていたウアも同じ様な反応をした。
「お前達も今日のペースで進めば、明日の昼前には入り口に到着出来るだろう。
無理せず、頑張りなさい」
俺はそう締めくくり、空間ゲートへと入り帰った。
その後、俺はウアル達にも弁当を届けてから、浜辺で走り回り波と戯れた事で満足したらしいバルゥ達7人を世界樹まで連れ帰り、最後に竜人チームと獣人チームの元へと向かった。
――竜人、獣人チーム――
彼等が入口へと到着してから既に30分は経過していたので、てっきり内部に突入していると思っていたのだが、空間ゲートを開けて出た先は……
……未だにダンジョンの入り口だった。
そこでは奇妙な光景が繰り広げられていた。
ヒューガが土下座をして、目の前に居る、ふんぞり返る様に腕を組み仁王立ちするリーティアに向けて
「どうか、どうか、光の魔石か火の魔石を分けてください……」
と、ヒューガが嘆願をしており
「ふふーん! どーしよっかなー!」
と、リーティアは勝ち誇った顔で焦らす様に答えていた。
それを他の者達が眺めているといった感じだ。
どうやらヒューガは、自分達の致命的な弱点に気が付いた様である。
ダンジョンの中は当然真っ暗なのだが、彼等は魔法が得意でも無いし、それに代わる照明器具となる物も持って来てなかったのだ。
「ねえ?レイディア、私の宝石に光魔法込めてくれない?」
「ん? ああ、それは別に構わないが……
籠められる種類の魔石を持ってるのか?」
ミーニャは隣に居たレイディアに話しかけ、それにレイディアが答えていると
「そこ! レイ! 勝手に魔法を込め……って、あれ?主様?」
と、リーティアは言いながら、俺が来ている事に気が付いたので
「夕飯を持ってきたぞ」
と、俺はそう言いながら、仲裁すべきかどうか悩むのだった。




