第47話 味覚と壁の先
新しく生まれ変わった世界に、皆が慣れ始め、数日が経ったある日。
日が暮れて夕方に差し掛かった頃に、俺が夕食のシチューの入った大鍋をかき回していると、夕日をバックに西の空から此方へと空を飛んで帰って来る竜人二人の影が見えた。
レイディアとシルティアは既に帰って来ており、シチューとパンを受け取り、そこで仲良く食べている最中なので、あの影はバハディアとリーティアだろう。
少し前、皆に『魔法の鞄』と『世界樹丸』の入った小瓶を全員に渡したのだが、それからというもの、皆の島での行動範囲が徐々に広くなっていった。
昔は食べやすい食べ物の取れる範囲が狭く、かつ世界樹の葉の供給量や持てる数に限りが有ったので、そんなに遠くまで行く者は少なかったが。
今では『魔法の鞄』にある程度は個人で食べ物を蓄えれる様になったのと、いざという時に必要な世界樹の葉の代わりとなる『世界樹丸』が備わった事で、安心して遠出を出来る様になったからだ。
その行動範囲の広がりが最も顕著なのが竜人達で、彼等は空を飛べるという能力に加え高い身体能力もあり、他の種族とは比べ物にならない距離を冒険して回る様になった。
はてさて、今日は何処まで行ってきた事やら……
「ただいまー! お腹空いた! 主様!今日の夕食は何?」
「ただいま戻りました、主様」
と、帰って来たリーティアとバハディアは俺の傍へと着地すると、リーティアは部活や遊び終えて帰って来た子供の様な台詞を言った。
「おかえり。今日はシチューとパンだ。
シチューはエルフィーとサーリが、パンはローイとザンジが配ってるから、あっちで受け取ってくれ」
俺はそう言い、少し離れた所に居るエルフィー達を指さす。
「はーい! いこ、バハ」
と、リーティアはバハディアを連れて、小走りでパンとシチューを受け取りに行った。
何故、俺がこうして皆に夕食を作っているのかと言うと、皆の味覚や好き嫌いを調べる為である。
動物は基本的に、身体に必要な物は美味しいと感じ、そうない物は不味いと感じる様に出来ている。
味覚や嗅覚でそれらを判別する能力が人間にも同様に備わっているが、その他の種族も同様なのかを調べ、種族毎に必要な食べ物や、そうでない食べ物を見極めてみようという試みの一環である。
俺自身も神体を変えて味見を行ってみたのだが、思ってたのと少し違うと感じる程度で、記憶の中に有る料理や素材の味との差異ばかりが気になってしまい、好きか嫌いかで判断するのが難しいかったので、皆の食べっぷりで判別してみようと考えたのだ。
「今日のも美味しいですよぉ、主様ぁ」
「このシチューはパンと合いますな」
との、シルティアとレイディアの感想ではあるが……
ぶっちゃけ、この二人やバハディアとエルフィーはもちろんの事、各種族長達などの意見は微妙に当てにならなかったりする。
何と言うか、付き合いが長い者達は、料理の味が極端に変でなければ「美味い」という評価しか言わないのだ。
なんだろう……?
お世辞や社交辞令みたいな物を覚え始めたのだろうか?
「そうか、それなら良かった」
俺は二人にそう答えながら、データとして信頼のおけそうな、食べながら素直に意見を言う子供達の様子や、おかわりに来る頻度の高い種族のチェックを行っていた。
そんな事をしつつ、鍋の中のシチューが焦げ付かない様にかき回していると、シチューとパンを受け取ったリーティアとバハディアが、先に食べていたレイディア達の所へと戻って来た。
竜人の中では比較的に物おじせず言葉にし、表情でも判断がしやすい、リーティアの反応が気になったので、俺は少し様子を見る事にした。
「リーティ、シチュー熱いからぁ、ふーふーしてから飲んだ方がいいよぉ」
と、シルティアがアドバイスをする。
「りょーかい。
このシチューって何で出来てるんだろ?
白いスープに……うっ……野菜がいっぱい入ってる……
あれ?この茶色いのは?」
リーティアは、今日初めて食材として投入した、大豆みたいな豆から作った肉もどきが気になったらしい。
それを、木製の匙で掬って眺めている。
「それは豆から作った……代用品?と主様が仰っていたな。
なかなか面白い食感と味だ」
と、レイディアが答えていた。
「へー……ほんとだ、むにむにしてる。
美味しいけど、豆からどうやってこんなのを?」
「美味いなこれは。
初めての感覚だが、俺は気に入った」
と、リーティアの反応は悪くはない感じだが、彼女は味より肉もどきの製法が気になる様だ。
これは、後で俺の所に尋ねに来るパターンだな。
バハディアはいつも通りか。
などと考えながら、俺が竜人達の様子を見ていると
「(主様、そろそろシチューが無くなりそうです)」
と、エルフィーから念話で声を掛けられた。
「(わかった。今持って行く)」
俺はそう答え、温めていたシチューの鍋を魔法で持ち上げエルフィー達の所へと運んで行き、空になった鍋と交換してパンの方も補充をしてから戻って来た。
そして、アイテムボックスから次のシチューの入った鍋を取り出し、即席の石窯の上に置き温め直そうとしていると
「そんな物が有ったのか……ん?
主様がお戻りになられたし、尋ねてみたらどうだ?」
「そうだね、その方が早いか」
とのレイディアとリーティアの会話が聞こえ、リーティアは食事の手を止め俺の所へ来ると
「主様。西の方にある大きくて長い壁は何なの?」
と、俺に尋ねて来た。
壁……?
あぁ、この島のダンジョンを外界のモンスターから隔離して守る為に一時的に作った奴か。
そういえば、まだ崩れずに一部が残っていたな。
「あれは、あの先に有るダンジョンを隔離する為に、昔――」
と、なんだ肉もどきの事じゃないのか、と俺は思いながら、特に考え無しに彼女にそう答えてしまう。
しまったッ!と即座に思ったが、すでに手遅れだ。
「ダンジョン!?」
と、好奇心旺盛なリーティアは、ダンジョンのフレーズに食いついてしまう。
「ダンジョンて! あのダンジョンなの主様!?
御話でモモタロウが行ったあの?」
「い、いや、あれとは別物だ。
そんな、たいした物じゃ――」
俺は咄嗟に誤魔化そうとしたが
「あの壁の向こうにダンジョンがあるんだってー!」
と、リーティアは聞く耳を持たずレイディア達の方へと駆けて行ってしまった。
まずい……まずいぞ……
島の西側にあるダンジョンは規模も小さかった事もあり、俺が色々と魔改造して、今では妙な物になってしまっている。
モンスターに関しては、ほぼ沈静化し弱いのしか出ないので問題は無いとは思うが、俺が実験やら開発やらで作り上げた部屋や物が見られるのは、ひじょーにまずい気がする。
他の大陸のダンジョンならまだしも……
……いや、あっちはあっちで危険があぶない。
リーティアの発する「ダンジョン」のワードを聞きつけ、他の好奇心旺盛な者達までもが
「ダンジョン?モモタロウがオロチの盾を手に入れたあれか?」
「ダンジョンてあれだろ?
変な魔物?が出たり、宝箱?ってのがある……」
といった感じで騒めき始めている……
これは明日にでも、奴らはダンジョンを探しに行くな。
どうしたもんか……
行くなと止めるのは簡単だが、皆の冒険心を阻害するのも心苦しい……
仕方ない。
ちょっと早い気がするが、あれを経験させるのにも、良い機会かもしれん――
――次の日の早朝。
案の定、リーティア達はもちろんの事、他の種族達までグループを作り西へ向かおうとしていた。
「皆、ダンジョンへと挑むなら、これを持って行きなさい」
と、俺は出発しようとしている者達へ声を掛け、一人一人に巾着袋を渡す。
「なんです?これ?」
と、巾着袋を受け取った獣人のヒューガが聞いてきた。
「皆に渡し終えたら説明するので、少し待ってなさい」
そう言い、他の不思議そうにしている者達へほいほいと渡していくと
「ん? ガウにウア? お前等も行くのか?」
「ええ、もちろんです」
「サーリが行くそうなので、私はそのお供ですな」
と、皆に交じり、その二人も居た。
なんともまぁ、やんちゃな爺さん達だ。
二人だけかと思ったら、ムートやドグ達も居るな……
「そうか……とりあえず、これを持っていけ」
と、俺は彼等にも巾着を渡していく。
「よーし。全員、受け取ったな?
その袋の中には『キビボール』が3つ、それと『リターンクリスタル』が1つ入っている。
キビボールは食べれば良いだけだ。
そうすれば一定時間、力や元気が湧いてくるだろう。
リターンクリスタルは握って使いたいと念じれば発動して、世界樹の根本へと一瞬で帰って来れる。
迷子になったり、はぐれて一人になったり、危険だと感じたら使いなさい」
と、俺が巾着袋の中身を説明すると、皆はアレンジ昔話に出て来たキビボールに興味津々な様子で中身を覗き始めた。
キビボールは、アレンジ昔話で話した物と同じ様な効果が出る様に作った物だ。
食べると世界樹の葉と同様に全回復し、なおかつ身体能力が1時間ほど1.5倍になる。
だが、俺が真に渡したかった物はリターンクリスタルの方で、そちらには皆に説明した以外の機能がふんだんに込められている。
所持している者の状態や位置をモニタリングし、危険時に自動で帰還魔法が発動する機能。
周囲の景色と音を収集し、俺に転送する機能。
クリスタルに込められた多種多様な魔法を、こちらから遠隔で発動する機能。
所持者のHP、SP、MPを徐々に回復する機能などなど……
これ一つさえ持っていれば、キビボールなんてコレクション系の玩具におまけで付いてくる小さなガムみたいな物だ。
さてと、後はのんびりと皆の冒険を見守るとしよう。




