第45話 宴のお品書きと神獣
皆の起床を祝して行った宴は丸一日続いた。
朝食の際にちょっとしたトラブルというか妙な事になってしまったが、概ね、皆は俺の出した食事を楽しんでくれた様子だった。
素材も調理法も昔とは段違いなので、俺はそれらを無茶しない程度に駆使して皆に振る舞った。
朝食の際の献立は――
古代から連綿と続くフルーツ類の盛り合わせとフレッシュジュース。
これから皆の主食になるであろう穀物を使用したパン(蜂蜜風味)。
皆には経験の少ない食感をお届けする薄く味付けした菓子類。
――と、なっており。
これらは、前に皆が食べていた物とそれほど差は無いので、好き嫌いはあれど、一定の評価は得られた。
そして続く昼食は――
暇に飽かせて品種改良を施し、一粒が15cmくらいまで大きくなったジャンボ栗のオーブン焼き。
同じく品種改良で、茎部分の糖分は薄くなったが長さが1m程にまで長くなった焼きトウモロコシ。
同じく品種改良を重ねた結果、重さが100kgを超えたサツマイモなどなど。
――と、俺の家庭菜園で取れた物を、ふんだんに使った物を出した。
こちらも、素材の味を活かし、そこまで変な味付けをしたわけでは無いので、皆は驚きながらも普通に食していた。
だが、問題は夕食で起きた――
塩味を効かせたおむすび(そこまでしょっぱくは無いはず)
香辛料を使用したソースや具を使用したパン類(そこまで辛くは無いはず)
季節なんて無視して収穫できる野菜類を使ったスープやサラダ(そこまで苦くはないはず)
――という感じの、皆には経験の少ない味を生かした物を出したのだが、どうにも皆にとっては味付けが濃かったらしく、それらは一部の者には不評だった。
やはり、慣れていない味や食材をいきなり食べさせるのは難しいな。
俺の料理の腕が悪いという可能性もあるが……
それはともかく、これは肉料理が出せなくて正解だったかもしれん。
なかなか料理漫画の様にはいかないものである。
そして明くる日の朝。
俺は二百人程の集団を引き連れ、世界樹の北側へと来ていた。
「この辺なら川も近い。
そこの『橋』を渡れば森もそこまで遠くはないので、丁度良いだろう」
と、集団の先頭に居る、像作製のリーダー的な存在のドグとダグ、衣類などの作製陣のリーダー的立場のルルとエーブに言った。
物作りを主にしている者達が使っていた場所が地形の変化などで無くなってしまっていたので、こうして良さそうな場所に案内している所だ。
昨日の宴を開いた南側の池付近は獣人達や活発な若者達の活動拠点となってしまったので、世界樹の周辺で生活に必要な水場が近い所となると、この北側の川の付近しか残っていない。
新たに水場を作っても良いのだが、既に有る物を使った方が良いだろうし、それに、昔は川までの間に森が有ったが、今では草原となっており簡単に行き来できる場所になったので、ここで問題ないだろう。
「そうですな、確かに良さそうな場所ですわい」
ダグは周囲を見渡し、そう答え
「では、森に行く事が多い私達が、川の向こう側を使いましょう」
ルルがそう提案して、両陣営の作業場所はすんなりと決まった。
「荷物はこの辺に出せばよいか?」
と、俺はドグとダグの二人に時の箱舟の倉庫部屋から運んできた素材などの置き場所を尋ねた。
「えぇ、よろしくお願いします」
そうドグが答えたので、俺はアイテムボックス内から、それらを取出して並べていき、ついでに、彼等に用意してあったある物も取り出した。
「これは……? 雪花石膏では無さそうですが……
もしや、あの橋や昨日言っていた犬小屋に使われているのと同じ物ですかの?」
それを見たドグは、そう尋ねてきた。
「ああ、これは『大理石』と言う物だ。
石材としては雪花石膏より固いので扱いにくいかもしれんが、これならば竜人の像を作るのにも耐えられるだろう」
俺が用意しておいたのは縦横奥行き2mほどの大理石の塊である。
長い年月を経て、やっと採取できるようになった代物だ。
練習用の大理石の塊も出すと、皆は我先にと石材に群がり始めた。
その光景を見て、大昔に流木を渡した時と同じような光景だな……と、俺が物思いに耽っていると
「主様、犬小屋という事は、犬を御飼いになられたのですか?」
と、一緒に来ていたエルフィーが聞いてきた。
「ん?そうだが……コロなら小屋の中で寝ているはずだ、見にいくか?」
そう言い、俺は彼女を連れて世界樹の西側へと向かった。
10分程歩くと、大理石で作られた高さ5m幅奥行き10mほどのギリシャ風の神殿の様な建屋が見えてきて
「あれがそうだ」
と俺が指さすと、それを見たエルフィーは
「犬小屋……?」
と、首を傾げるのだった。
話をしよう……
あれは四十六万……いや、一億年前だったか……まぁいい。
俺にとっては昔の出来事だが、皆にとっては時の箱舟で眠りについてる間の出来事だ……――
皆を『時の箱舟』に眠らせて、植物などの保全の為に島中の植物の採取を終わらせた俺は「後は天界で時間を経過させれば良いだけだな」と安堵していた。
だが、隕石の衝突、氷河期、地殻変動といった大災害、度重なる天変地異による植物の全滅や環境の激変が度々起き、休まる事がなった。
そこで俺は、周囲の環境を整えてくれる環境構築オブジェクト、世界樹を増して世界を安定化できないか?と考えた。
とはいえ、世界樹を設置する為に必要なGPは1000もかかり、今あるGPの量ではとてもではないが足りない。
そこで、別の方法が何かないかと模索した結果、世界樹の枝を切り、その枝を接ぎ木や挿し木にして試してみようと思いついたのだ。
だが、いざ世界樹の枝を切ろうとした際に、世界樹の枝は普通に切断するのが出来ない固さとしなやかさを持つ代物だという事が判明した。
しかし、そこで諦める俺ではない。
固くて切れないなら、なんでも切れる物を作れば良いではないかと、GPを10程使い、神具『チェーンソー』を生み出し、それで世界樹の枝を切る事に成功したのだった。
そして、その切り取った世界樹の枝を世界各地に挿し木と接ぎ木をしてまわり、しばし観察した。
数千年ほど経過すると、接ぎ木の方は元となった木を飲み込む様に大きくなり、ほんの少しだが世界樹と同様の効果を発揮し始めた。
しかし、挿し木の方は、いつの間にか消え去っており、失敗した物と判断する事になった。
その両方の結果に、俺はそこそこ満足していたのだが、また数千年ほど経過した頃に異変に気が付いた。
突如として、世界にモンスターが現れ始めたのだ。
急ぎ原因を探った結果、世界樹の挿し木が原因だという事が判明した。
消失したと思っていた挿し木は、消えていたのではなく『逆』に成長していたのだ。
その挿し木を植えた所には、ぽっかりと大穴が開き、その先に木の幹と枝葉の様なダンジョン構造が出来ており、そこからモンスター達が這い出てきていたのである。
それを発見した最初の頃は、モンスターであろうと生き物だしファンタジーな世界にぴったりだ、などとのんきに俺は喜んでいた。
だが、モンスター達の生態と繁殖の速度が分かった時に、そんな喜びの感情は消えた。
先ず、モンスター達には弱肉強食いった生物のルールがない。
種類は違えど、モンスター同士での捕食活動が行われないのだ。
稀に、何かの事故で死亡したモンスターを肉食系のモンスターが食べるといった程度で、基本的にはモンスター同士での淘汰が行われないのである。
次に、モンスターは食事の必要が無いにも関わらず物を食べる。
草食モンスターは周囲に植物が無くても生きていけるし、肉食系のモンスターも同様で捕食をしなくても活動できてしまう。
肉食草食とも異なる物を食べるモンスターも多々居たが、それも同様であった。
それらのモンスターは、食べる必要が無いにも関わらず、そこに食べられる物が有る場合は食べてしまうのだ。
しかも排泄行為もしないので、俺が丹精込めて育てていた植物などの資源が減る一方だった。
最後に、増殖速度である。
ダンジョンからどんどん生産されるは、地上でも繁殖もするは、モンスター同士での淘汰も行われ無いはで、1000年ほどで全ての大陸と海と空がモンスターに埋め尽くされる事態に陥ってしまった。
無事なのは島の聖域結界の中のみという状態になり、俺はどうしたものかと頭を抱えていたのだが、その時、聖域結界内である物を発見した。
なんと、それもモンスターである。
だが、そのモンスター達は結界の外に居る様な狂暴で妙な生態を持つモンスターでは無く、自然の摂理に乗っ取った活動をする生き物と大差のない生態系のモンスター達だった。
数は少数だが、性格は温厚で、こちらから何かをしなければ防衛行動もとらないという、ありがたいモンスター達であった。
俺はさっそく、そのモンスター達の出所を探した。
そして発見したのが、島の西方の、とある場所だった。
そこには、見比べやすい様にと挿し木と接ぎ木の両方を植えておいたのだが、そこに発生していたダンジョンは比較的小さく、出て来るモンスターも生物としては普通の物ばかりだったのだ。
そこで俺は、世界各地に点在するダンジョンと、世界樹や挿し木の樹木との相互の位置関係、それとダンジョンの規模やそこから発生するモンスターの強さや量を調べ直した。
結果、世界樹本体と接ぎ木で出来た世界樹もどきには、ダンジョンの機能を抑制する働きと無害化する働きが有る事が判明した。
俺は世界の惨状の解決策が見つかったと喜んだが、やはりその喜びも直ぐに消え去る事となる。
解決策は見つかったが、その為にはダンジョンの近くの土地を確保し、そこに木を植え、その木が成長するのを待ち、世界樹の枝を接ぎ木せねばならない。
その間、ダンジョンから湧き出て来るモンスターや、すでに地上に居るモンスター達から、植えた木々を守らなければならない事に気が付いたからだ。
そこから、どれだけのモンスターを狩ったのか……
こんな装備で大丈夫だろうか?と疑問に思えば新しい装備を作り。
強さが足りない、と思えば大量のモンスターを狩りLvを上げ。
もっと効率的に戦えないかと考えれば、体術や魔法の技術を研究し。
それらを延々と繰り返し、陸と海と空を埋め尽くすモンスター達と戦う日々を送る事となった……
そんなある日、俺は癒しが欲しくなった。
『時の箱舟』で眠っている皆の事を思えば、やる気と力は湧いてくるのだが、それでも、戦いのみを追求し続けていた時の俺は酷い顔をしていた様に思う。
只々、モンスターを狩る事だけに傾倒し、まるで俺自身も化け物になってしまっているのではないか?と感じていた。
これでは、世界が安定し、皆を無事迎え入れたとしても、何か……殺伐とした世界を作り上げてしまうのではないか……そんな不安に囚われた。
そこで、俺の心を癒してくれる存在を生み出す事を考えたのだ。
朧気ではあるが、この世界に来る前の記憶の中の俺はペットなども飼っていた。
仕事や学業、私生活でも、嫌な事や辛いことが有った時、そのペット達と触れ合うだけで心が癒された。
俺はそんな存在が欲しくなり、GPを使う事にした。
そこで生まれたのが神獣『コロ』である。
種類というか外見は、人の最古の友と言われる犬にした。
体の大部分は薄い茶色だが、肩と腹と足の先端が白い毛で覆われていて、尻尾の毛も白く長く伸びており、まるでススキの穂の様だ。
目の周りと少し垂れた耳の先端が少しだけ黒い毛で覆われ、額から鼻先へと向けて白い線の様な模様があり、茶色のボーダーコリーに似た可愛い奴である。
顔は若干アライグマにも似ているな……
コロは生み出した当初は、名前の通りコロコロと転がる様で、愛くるしい姿だった。
だが、歳月が過ぎるにつれ、コロはすくすくと……
さらにすくすくと……
もっとすくすくと成長を続け……
気が付くと神像の俺よりも大きくなり、ちょっとしたワゴン車並みの大きさにまでになってしまった。
性格は、温厚なのか狂暴なのか判別が付きにくい面がある。
無害なモンスターには何もしないが、狂暴なモンスターには容赦なく襲い掛かるという両極端な性格をしている。
大きく成長したコロは、島の周辺の狂暴なモンスターを狩り尽し、何時の間にか島の生態系での頂点に立っていた。
そのコロのおかげで、島と周辺の海域からは狂暴なモンスターが一掃され、近寄っても来なくなったので、俺は植物の育成や繁殖を安心して出来る様になった。
そして、コロは労働面でも精神面でも助けてくれる、俺の頼もしい相棒となったのだった。
その後、俺はコロを引き連れて、世界中のダンジョンの封印と地表に溢れていたモンスターの駆除を行った。
やがて、時間は掛かったが地表のモンスターは激減し。
多少の問題も残ったが、なんとか世界の環境を整える事に成功したのだった。
そんなコロではあるが、現状ではただの大きい犬と成り下がっている。
基本的には、とある目的で作った小屋でずっと寝ており、起きる時はと言うと、島の周辺に危険なモンスターが来た時か、俺が肉料理を作っている時くらいだ。
……お気づきだろうか?
そう、昨日の宴に肉料理が無かった理由が、このコロに有る。
俺が肉関連の料理をしていると、どんなに遠くに居ようとも、どんな場所であろうとも、超常的な嗅覚なのか聴覚なのか分からないが、コロが起きて駆けつけて来るのだ。
長い年月のモンスター狩りの結果、コロは俺と同様にLvや身体能力もとんでもない高さになっている。
その走る速度は軽く音速を超え、この惑星アークの裏側であろうが、10分も掛からず到着する。
そして、俺が肉をやるまで、近くでお座りをしてジッと見つめて来るのだ。
そのジッと見つめてくる瞳と共に、たまに出す「クゥーン……」という声に抗えるはずも無く、俺が調理していた肉を差し出すのは必然であり。
一昨日、その片っ端から肉を平らげていくコロを見つつ、俺は皆に肉料理を出すのを諦める事したのだった。
そのコロは現在、俺の神像の保管場所として作った神殿の中で、スヤスヤと寝ている。
まるで、こいつの方がこの神殿の主であるかの様に……




