第43話 船出
エルフの少年を危機一髪で助けた日の夜、俺は一人『時の箱舟』の屋上に居た。
「完成だ……」
皆が寝静まった後、俺は残りの作業を急ピッチで行い。
最後の仕上げとなる屋上の出入り口と転落防止用の柵を作り終え。
その屋上で心地よい夜風を受けながらそう呟く。
空を見上げると、今日も満天の星空であった。
あと数時間もすれば東の空が明るくなり、快晴の気持ち良い日が訪れるだろう。
さてと、急いで宴の準備も終わらせねば……
俺は『時の箱舟』の屋上にいくつもの籠を置き、そこへアイテムボックス内に溜め込んであった様々な果物を山盛りにして並べ、程よく冷やしたジュース類も水瓶へと入れて大量に用意した。
次は建物内の光の魔石を全て点灯させて明度を調整して回り、水回りなどのチェックも済ませる。
一通りの準備を終えると、すでに夜明け近くになっていたので、俺は再度、屋上へと向った。
朝日が昇り、世界樹の根本で寝ている皆に陽光が差し掛かろうとしていた。
俺は人間の神体から抜け出て、世界樹へと宿る。
その降臨の光と朝日を浴び、皆が目を覚ます。
今日は皆を未来へと送り出す日。
そして、俺の――――
――――「おはよう、エルフィー」
俺は『時の箱舟』の彼女の部屋へと訪れた。
「ふぁい……?あるじ……さま?
おはよう、ございます」
彼女が目を覚ます。
「え?ここは……私の部屋? いつの間に眠って……
主様が運んでくださったのですか?」
そういえば、眠っている皆を部屋へと運ぶのには苦労したな。
懐かしい……
あの時と変わらず、彼女は美しい姿のままだ。
「主様? どうなさったのですか!?
何故、泣いておられるのです!?」
と、彼女に言われて気が付いたが、俺は目から涙が流れていたらしい。
「む?いや、欠伸を噛み殺したせいかな?
たいした事では無いさ。
それよりも外に出ないか? 今日はいい天気だぞ」
そう言い、俺はエルフィーを部屋の外へと連れ出す。
「主様?階段を登るのですか?」
部屋を出て階段を登ろうとした事が気になったらしく、そう尋ねてきた。
「あー……1階の出入り口は、事情が有って使用出来なくなってな。
屋上から出るしかなくなったのだ」
そう答えながら、屋上へと向かう階段を上る。
「はぁ……使用できない……?ですか?
なにが――」
と、彼女が言いかけた時、俺は屋上へと出る扉を開けた。
「――あった……の……」
開け放たれた扉の先の景色を見て、エルフィーは言葉を失う。
彼女の目の前に広がる、景色は地上だった。
そう、屋上では無く、地上だ。
視線の先には、朝日を浴び、朝露を身に纏ってキラキラと光る草花の生い茂る草原が広がり。
頭上には雲一つない朝焼けの空と、その空の半分を覆い隠すように広がる、緑色の雲が浮かんでいる。
朝靄に包まれた草原の地平線の先には、薄っすらと森の木々が見え、その先から太陽が顔を覗かせ始めていた。
エルフィーは、屋上が地上になっている事もそうだが、周囲の景色の様変わりに驚き、辺りを見渡しながら扉を出ると、屋上の出口のすぐ背後に聳え立つ壁に気が付いた。
「え……なに……?」
その壁の大きさと高さに圧倒され、彼女は壁を見上げながらよたよたと後ろに歩いて、やがてそれが何なのか悟る。
「これ…は……世界樹……なんですか? 主様?」
「ああ、そうだ」
エルフィーが壁と認識していた物は世界樹の幹であり
頭上に見えていた、空を覆う緑色の雲というのは世界樹の枝葉である。
彼女の記憶にある世界樹は、高さが250m程の頃の姿なのだろう。
あの時でも樹木と認識するのは難しい大きさであったが、今の世界樹は、高さが12kmを超え、幹の太さだけでも1km以上はある。
その大きさに合わせる様に周囲の草原部分も広くなり、前はそう遠くない所から森が広がっていたのだが、今では地平線に近い所まで行かねば森が無いとい状態になった。
彼女からすれば、自分が小さくなってしまったのではないかと錯覚する様な光景だろう。
「いったい何が……いえ、何をなされたのですか?主様」
と、彼女は呆けていた表情を真面目な物に換え、俺に尋ねる。
「ここは、何処なのです?
昨日の、建物の完成と披露を兼ねて、宴をしましたが……
その後の記憶が無いのですが?それとこれは何か関係があるのですか?
それに、昨日の主様の様子も何処かおかしかったですし、先程の事もそうです。 あくびなどと嘘をつかれましたね?
私は主様が今まで一度も欠伸などした所なんて見た事もありませんでしたし、そもそも主様は寝る事もなさらないですよね?
あれが! あの世界樹だとするなら! 此処はッ!
主様は一体、何をなさったのですか!?」
と、エルフィーは堰を切る用に質問をしながら俺に詰め寄ってくる。
途中からは、真面目な顔から涙を流し、さらに表情を変え、怒りながら悲しんでいる様な顔になっていた。
そんな彼女の顔を見ながら俺は、あぁ、人と接する事は、怒りであれ悲しみであれ、こんなにも輝いて美しく、そして尊い物なのだなと感じていた。
まるで、何もない暗闇で見つけた、小さな明かりのような……
乾いた大地に、ポツリと落ちて来た一滴の水滴の様な……
俺は彼女の、その存在、その声、その激しい感情、それらを感じるたびに癒されていく感じがした。
「――聞いているのですか!? 主様!」
「あぁ、聞いているとも」
俺はそう答え、俺の胸元のローブを握りしめているエルフィーの手に、そっと手を重ねて、答えを告げた。
「皆には、少し眠ってもらっていただけだ」
「少し……? 少しではありませんよね!?」
この答えはお気に召さなかったらしい。
エルフィーにしては珍しい、スッと目を細めたマジ怒りモードの表情になった。
「……一億二千六百八十二万年ほど眠ってもらっていた」
と、俺が正確な時間を教えると
「い……一億…にせん…?
なん……で、そんな……
その……あいだ、あ、主様は……ずっと……御一人で……」
と、彼女は俺の胸元を握りしめたまま崩れ落ちる……
「すまないエルフィー。
力不足の私では、こうするしか手立てがなかった」
今であれば、方策がいくつも有った事が分かるが……
今それを言っても仕方が無い。
あの時の俺が不甲斐なかったのが悪かっただけの事だ。
「いいえッ! 謝らないでください!
私達の……為だったのでしょう……?
主様には私達を見捨てる事も出来たはずです……
なんで、そんな……せめて、私だけでも供に……」
と、彼女は俺の腕の中で暫くの間泣き続けた……
エルフィーが落ち着くまでしばらく待ってから他の皆も起こしに行ったのだが、その間、彼女は俺のローブの裾をぎゅっと握りしめて放してはくれなかった。
皆も、その彼女の姿を見て疑問には思ったらしいのだが、泣き腫らした目と怒りを帯びた表情を見ると、口には出さず、そっとしておくという選択肢をとったようだ。
当然、俺も歩きにくいなどとは口には出せず、されるがままに任せている……
『時の箱舟』の中に居た皆を外へ連れ出し、俺は一同の前で
「ようこそ新世界へ!」
と言い放つ。
とっておきの台詞だったのだが、すでに獣人の若者達は広い草原をはしゃぐように走り回っていたり、竜人の四名は空を飛び回って周囲の景色に驚き騒いでいたりと聞いていなかった……
……まぁ、いいか。
さてと、皆の起床を祝して宴を開かねば。
皆にとっては二日連続のパーティになるが……
楽しんでくれるだろうか?
現GP:1
―― 第二章 出楽園編 完 ――




