第41話 時の箱舟
「うーん……こんなもんか」
夜中に土魔法の練習も兼ねて建設予定の建物の模型を作り、俺はそれを朝日を浴びながら眺めて、一息ついた。
その模型は岩の様に固く凝縮された土で作られており、その磨き上げられたかの様な四方の面と天面は、朝日から差す光を受けて、その光を鏡の様に反射させていた。
作成途中で建物の名前も決めた。
「時の箱舟……」
そう、時の箱舟。
なんとも恰好良い名前では無いか。
皆を、時の果てへと旅させる為の箱舟である。
そんな事を思いながら、出来上がった模型を眺めていると
「主様、おはようございま……何です?それ?
箱……と言うんでしたっけ?」
と、寝起きのバハディアが、そう聞いてきた
「おはようバハディア」
箱……か。
一応、100分の1ほどのスケールで精巧に作り、内部の構造なども一通り再現してあるのだが、やはり外からではただの箱にしか見えないか……
「おはようございます、主様……箱?を、御作りになったのですか?」
エルフィーもバハディアに続き、挨拶と共に同じ様な事を言ってきた。
うん、まぁ、そうだよね、箱にしか見えないよね……
クラフト系のゲームなどもそうだが、こういった物は本人のデザイン感覚が試されるよな……
シンプルで機能美という点では悪くないと思うんだが……
何か、こう、もっと凝った造りにした方が良いのだろうか?
「おはようエルフィー……これは、今度作る予定の物の『模型』だ」
俺は二人の素直な意見に心の中で少しだけ凹みつつ、そう言うと
「模型……ですか」
「俺には、さっぱり分かりませんが、一体なんの模型なんです?」
と、バハディアがさらに尋ねてきた。
「そろそろ世界樹の根本付近では、皆が寝る場所に困るのではないかと思ってな。
家と言う訳ではないが、皆が眠れる場所を作ろうと、試しにそれを小さくして作ってみたわけだ」
彼の質問に、俺はそう答える。
寝る時間が少々長くなるだけで、役目的には似た様なものだろう。
それに本来の役割を終えたら、そのまま住居として利用すればいいしな。
「この中で眠るのですか……?
模型……という事は、実物はもっと大きいので?」
バハディアには、建築物という物がピンと来ないらしい。
まぁ、隠す物でもないし、内部も見せておくか。
「そうだ。
実際の大きさは、これの百倍の物になる予定だ。
ここに入口が見えるだろう?此処から入って……――」
説明しながら、天井部分を取り外して二人に内部を見せる
「――…この様に、内部にいくつもある部屋の中で寝る事になる」
「ひゃ、百倍!?
これの百倍ってことは……」
「これは、中が見れるのですか……
結構な数の部屋が有りますね……」
バハディアは説明を聞くと、大きさを想像するように上を見上げたり左右を見渡し始め、エルフィーは模型の内部を興味深そうに覗き込んできた。
実際の大きさは、高さ30m、幅と奥行きは共に50m程度の10階建ての物になるだろう。
内部の部屋数も、大きさから分かる様に一フロアで80部屋以上あり、一人一部屋を使ったとしても800人以上の者達を収容できる。
これだけの部屋数を用意すれば十分だろう。
「どの部屋も同じ大きさみたいですが、全ての階も似た構造なのですか?」
「ん? そうだが、何か問題がありそうか?」
「いえ、問題と言うほどでは無いのですが……
獣人の方達などは家族で集まって就寝される事が多いので、もしかしたら部屋が小さいかも、と思いまして……」
そうエルフィーは言い、まだ寝ている獣人達の方へと目を向ける。
彼女の視線を追う様に俺も見ると、そこには団子状態で寝ている獣人家族たちが居た。
特にガウなどの周辺は20人以上が固まって居たりする。
「ふむ……たしかに、獣人などもそうだが、子供を多く持つ者達には狭いか。
いくつか、部屋を繋げて大部屋を作った方が良さそうだな……」
部屋の大きさは、どれも4~5m四方の広さしか無いので、これでは入りきらない。
「それと、ト……お手洗いなどの場所は何処なのでしょう?」
「……うむ。それは、各部屋から近い位置の部屋をそうする予定だ」
嘘です。
俺自身が排泄行為をしない体に慣れてしまっていた所為か、トイレなんて設備は完全に忘れてました。
後で、忘れずに設置しておかねば……
……シンプルで機能美とはいったい――
――明けて翌日。
昨日は、あーでもないこーでもないと丸一日を費やし、外見にはさほど変化は無いが、内部には大幅に手を加える事となった模型を完成させた。
まだダメダメな所や不便な所も有るかもしれないが、それは実物の外側と大まかな部分を完成させてからどうにかしよう。
今日は、建設予定地の整地作業である。
場所は、作業広場から世界樹を挟んで500mほど先にある、前に海へと行った帰りの遊覧飛行で、エルフィー達を着地させた場所だ。
だが、少々広さに問題が有るので、周辺の木々を撤去せねばならない。
ついでに、空き地に生えている草花や木々に絡まる蔦なども、ただ埋めてしまうのは勿体ないので、アイテムボックス操作の練習がてら回収して作業広場へと運ぶ事にした。
世界樹に宿っている状態でアイテムボックスから物を出す時、意識した所へと物を出す事が出来た。
そこで逆もしかりと、直接触れなくても収納できるのではないかと考え、少し前に前に試したのだが、どうにも精度が甘いのだ。
触れている物を収納する時とは違い、近くに在る別の物や周辺の土もろとも収納してしまったりと、実にあいまいな範囲で収納してしまい、アイテムボックスに入れて調べたりするのにも一苦労するといった事になる。
それに目視のみでのアイテムボックス操作や魔法の行使などは『時の箱舟』を作る際にも、世界樹に宿って行う事になるので、その時の為にも必要な技術だ。
なので先ずは、神像の身体状態で、目視での収納練習を俺は始めた。
回収したい物をセンターに入れて収納……回収したい物をセンターに入れて収納……回収したい物をセンターに入れて収納……
と、何かで見た様な反復練習を行い、だんだんと慣れてきた頃
「あるじさまー! お昼一緒に――」
と、唐突にリーティアの声がして、俺はそちらに視線を向けて無意識に収納を行ってしまった。
やばい、と一瞬焦ったが、リーティアはアイテムボックスには収納されず、その場に無事居たのでほっとする。
いや……無事では無いな。
素っ裸になっている……
「へ……? ふぁーーッ!」
と、彼女は声を上げ、一緒に来ていたらしいエルフィー達も何事かと彼女に目を向けるのだった。
思いもよらない事故で、生物または人間といった物はアイテムボックス内へと収納できないことが判明したな……
俺はリーティアへ急ぎ服を返却し、エルフィー達五人と共に昼食を食べて休憩してから、午後は世界樹の方へと宿り練習を始めたのだが、やはり像へと宿っている時とは違い、視認での収納の精度がかなり悪い。
やはり世界樹の身体では、遠くの物への干渉や大雑把な事をするのには向いているが、細かな作業をするのには不向きな様だ。
俺はそのまま、日が暮れるまで練習と整地作業をして一日を終えた。
そして、次の日。
ついに時の箱舟の建設開始である。
材料は揃った。
建築場所も整地した。
設計図も頭の中と、天界のパソコンのペイントソフトで描き、なおかつ模型も作った。
後は建設するだけだ。
皆には、危険なので現場には近寄らないようにと言いつけ、俺は世界樹へと宿り建設作業を開始した。
とは言っても、此処からはかなり気の長い作業になる。
主に土魔法を使い、岩の様に頑丈な土を生み出し、壁や柱などを作っていくのだが、その土を生み出すのには大量の魔力を消費する。
どの魔法でもそうなのだが、水にしろ土にしろ、その場に既に有る物体を操作するのと、それ自体を生成して操作するのとでは、消費される魔力量が桁違いなのである。
さらに、今回はただの土では無く、固く強化した土を生み出すのでさらに魔力が必要になり。
大きさも模型の100倍、つまりは質量的には100万倍にもなるので、それを生み出すのには、いくら膨大な魔力量を持つ世界樹といえど、数日程度で作れる代物ではないのだ。
なので、世界樹の足元に居る、流木を使いせっせと獣人の像を彫っている皆と同様に、時間をかけてやるしかない。
「さて、やるか……」
と、俺は独り言ちると、時の箱舟の建設を始めた。
――そして6年の月日が流れた――




