第35話 魔法練習と忘れ物
飛行魔法の前段階、浮遊魔法をバハディア達に使い体験させてみたが、エルフィーとリーティアの二人に体調の変化が出てしまったので、体験学習はしばし休憩とした。
リーティアに関しては……
まぁ、あれは自業自得っぽいが、少し休めば治るだろう。
エルフィーの浮遊中の体調変化は、無重力状態での人体の変化に似ている。
同じ物だとしても、人間ならば長期間その状態で生活でもしなければ問題無いはずだが、彼女は他の種族よりも肉体的には弱いエルフなのだし、少し注意しておこう。
と、考察をしながら、しばし五人を休ませていると
「(あるじさまー、きもちわるいのなおったー)」
と、リーティアからもう大丈夫との念話が来た。
何故か彼女は、念話だと妙に幼い感じの声と言葉遣いになるなぁ。
「(そうか。では、再開といくか。
今から行うのは飛行魔法だ。宙に浮かぶだけではなく、空を飛ぶ事になる。
今回は飛ぶ際に……進む方向へと落ちて行く感覚がするだろう。
皆、気分が悪くなったり体調の変化が有った場合は直ぐに言うように)」
飛行魔法の場合は体にかかる重力を弱めた後、進む方向へと重力の向きを変えるのだが、そのせいで向かう方向へと落ちるという感覚がする。
その際に、体に感じる風や見える景色など、体感する事とのちぐはぐさで、乗り物酔いみたいな症状が出てしまうかもしれない。
闇魔法だけに拘らずに、浮遊状態を風魔法で押し流すという方法なら、多少は体に掛かる妙な違和感が緩和するのだが……
今回はバハディアに闇魔法を覚えさせるのがメインだしな。
それは今度でいいか。
とりあえず、誰かしらの体調が急変したら中止しよう。
「(では、始めるぞ)」
皆に、開始の合図とともに浮遊魔法をかけて、今度は空気よりも若干軽くする。
すると、五人の体は風船の様にフワフワと浮かび始めた。
周辺の木々よりも少しだけ高い位置まで皆が上昇したのを確認してから、俺は重さを調整してその場で五人を滞空させた。
「(皆、大丈夫か? 怖くはないか?)」
木よりも少し高い程度とはいえ6~7m程の高さにはなるので、五人が怖がってないかと少しだけ心配したのだが
「(大丈夫です主様。
新鮮な景色で感動しています)」
「(わたしも怖くはないですぅ。
森を上から見るとこんな感じなんですねぇ、すごく広い草原にいるみたい)」
と、エルフィーとシルティアは見える景色を楽しんでおり
「(あるじさまー! こっちー! みえるー?)」
と、リーティアは楽しそうに、こちらに向かって手をぶんぶんと振っていた。
「(私も大丈夫です。
こう、高い所から見渡せると、どこに何が有るか一目瞭然ですな。
この魔法はバハにぜひ覚えてもらいたいです)」
「(たしかに……お?
あそこに栗の木が何本もあるぞ。)」
どうやら、レイディアとバハディアの二人も問題ない様だ。
皆から感じる魔法抵抗力などにも変化は無いし、遠目から見ても、いつもとは違う視点を楽しんでいる様子だったので安心した。
俺が最初2~3mくらいの高さまで浮いた時はけっこう怖かったんだけどなぁ。
彼等の方が、俺よりも肝が太いらしい。
遊覧飛行ついでに、こちらの近くまで五人を運んでしまおうと目論んでいたので、世界樹付近で他の者達が誰も居ない空き地を探すと、浮いている五人から1.5kmほど手前の場所に丁度良い場所が有った。
俺は、そこへと向けて五人を駆け足くらいのスピードで飛行させた。
「(バハディア、これが闇魔法での飛行方法だ。
その体に感じる感覚をしっかりと覚えておくんだぞ)」
「(はい、主様。
それにしても、主様の言っていた通り、奇妙な感覚ですな)」
「(うむ。今やっているのは闇魔法でお前達の体に掛かる重力を弱めて軽くし、さらに進行方向へと向かうように重力を発生させている。
魔法により、行きたい方向へと落としているだけとも言える状態だ。
なので、先程言った様に進行方向へ落ちていく感覚を感じる事になる)」
「(なるほど……たしかに、これは言葉よりも、この身でも感じた方が俺には分かり易いです)」
「(それは良かった。
私も考えた甲斐が有ったというものだ……おっと、そろそろ到着だな。
皆、そこの空き地に降ろすぞ)」
バハディアに説明しながら皆を運んでいると、目的地の空き地の近くまで来たので飛行速度を緩める。
空き地の上空で停止させ浮遊魔法を弱めて、五人の足が地面に下りたのを確認してから俺は魔法の効果を消した。
「(よし、到着だ。
こちらへの方向は分かるな? 少し歩けば、直ぐにでも帰って来れるだろう。
それとバハディア……と、エルフィーもか、この魔法を練習する時は、暫くは私が見ている時だけにしてくれ。
昨夜言った様に危険だからな)」
「(はい、分かりました主様)」
「(はい、承知しました。
主様、帰る前に、ここで練習しても良いですか?)」
「(ああ、かまわんぞ)」
と、バハディアはやる気満々の様だったので、俺はそう言い、そのまま二人の練習をしばらく見守る事にした。
その後、二人が闇魔法の練習をしている間、レイディアとシルティアはここ四日間で損耗した衣類や草鞋などの補修に使う素材集めをしに行き、リーティアは二人の集めてきた素材を受け取りながら皆の衣類を補修しつつ、バハディアとエルフィーの練習を見物という流れになった。
俺は二人のステータスを見て残存魔力を監視し、魔力残量が2~3割にまで減って来たら、部活の練習中のマネージャーよろしく、二人にスポーツドリンクの様に世界樹の葉を渡していくという役をしていた。
二人の消費魔力を見ていると、やはりというか、どうにも闇魔法は他の魔法より消費する魔力が多い事が分かる。
それに加え相性の問題もあるのか、エルフィーの魔力消費が激しい。
二人の魔力量の差は、エルフィーの方がバハディアより倍近い量を持つのだが、それでもエルフィーの方が魔力が尽きるのが早いのだ。
練習を始めてから3時間ほどすると、二人のステータスの技能欄に『闇魔法1』の表示が追加され、小石や木の枝などを浮かばせたり移動させたりが出来る様になってきた。
その様子を、近くで編み物をしながら見ていたリーティアから
「(あるじさまー、わたしも魔法で空とびたいー)」
と、念話がきた。
「(昨夜も言ったが、同じ方法ではリーティアには無理だ……が、飛ぶだけなら、いくつか方法はある。
例えば……お前が魔法を使うのではなく、私が今朝やった様にバハディアに使ってもらうか、飛んでいる彼に乗るとかだな)」
俺がそう答えると
「(そっか! バハをつかえばいいんだね!)」
と、彼女は良い事を聞いたという感じで、そう言ったのだった。
まぁ、火魔法だけでも無理やり飛ぶ事は出来るかもしれんが、失敗した時に大惨事になりそうで怖いしな。それは黙っておこう。
すまんバハディア、彼女の為にもがんばってくれ。
しかし、竜人達はドラゴンの要素で尻尾もあり、使ってるのは見た事無いが技能欄に『ブレス』の技能もあるのだし、飛ぶ為の翼なりも有っても良さそうなものだが……まぁ、無い物はしかたないか。
とりあえずは、バハディアとエルフィーが闇魔法の技能を獲得したのだし、今日はここまでにしておこう。
「(よし、二人とも、今日はそれくらいで良いだろう。
レイディアとシルティアも戻って来なさい。
そろそろ昼も近いしな、皆で帰ってから昼食にしよう)」
俺がそう五人へ告げると
「(あるじさまはどうするの?)」
と、リーティアが不思議そうに言ってきた。
どうするとは?と、一瞬何の事を言ってるのか分からなかったのだが、彼女の神語でのニュアンスから伝わって来たイメージで俺は気が付いた。
自分の神体像を、朝居た空き地に忘れてきてるじゃん……
「(……私の像は、今から運ぶから大丈夫だ)」
と、俺は平静を装いリーティアに答え、急ぎ、遠くに見える像に浮遊魔法を掛けようとした。
したのだが……像は浮かばなかった。
魔法を掛けようにも、像にまったく魔力が通らないのだ。
エルフィー達にかけようとした時に感じた、魔力抵抗の壁とは比較にならない固さを感じる。
まるで、触った瞬間にとても分厚く固い壁だと認識してしまう様な……そんな魔力に対する斥力が像にあった。
なんだこれは……?
近くの他の物体にはそんな物は感じないし、この像だけが完全に魔力を弾いている。
先日、エルフィー達が像の材質が変化していると言っていたが、それ以外にも色々と変わっているのかもしれないな……だが、それはいいとして。
どうしたもんか……
像に宿って帰るのもいいが、少し面倒だな……
んー……、リーティアに言った方法で近くまで運んでしまうか。
「(主様? 像を運んで来るのではなかったのですか?
なにか、大きな土の塊がこちらに飛んで来てますが……)」
と、俺が像を闇魔法で運んでいるとエルフィーから念話が来た。
「(どうにも、像に魔法が効かなくてな。下の地面に乗せて運んでいるだけだ)」
皆、すまないが、そこの中央から少し離れてくれ)」
俺はそう言い、五人に空き地の中央付近から離れてもらうと、そこへと下にあった地面ごと運んできた像を降ろした。
世界樹のもつ魔力量だと、色々と無茶が出来て楽だな。




