第31話 死の海
俺達は全員で丘を降りると、レイディアとバハディアの供述により判明したトパーズを拾った川の浅瀬へと案内された。
シルティアとリーティアの二人は女性のもつ本能からか、それともドラゴンの資質を持つ故に宝石などの光物に惹かれているのか、妙に張り切た様子だ。
「ここね! シルティ!水をどかしちゃって!」
「わかったわ!『水よ退け』!」
と、現場に到着するなり、周囲の川の水を魔法で退かして、さっそく川底を探索し始めた。
「主様、私達も探してみましょう」
エルフィーも乗り気な様子で俺を急かしてくる。
全員で川底を十数分ほど探していると、俺もトパーズや水晶などを幾つか発見出来た。
レイディアとバハディアが見つけた程の大きさの物では無かったが、色に関しては豊富に揃える事が出来た。
見つけた石の半数ほどは、属性も魔力も無い普通の宝石だったが、俺としては十分に満足な結果だ。
皆はまだ宝石探しに夢中だったので、俺は手に入れた小さな水晶などを使って魔石の簡単な実験をする事にした。
アイテムボックスに収納して調べてみると、どうやら石の大きさと透明度が良いほどその石の魔力の最大値が高いらしく、内包している魔力量によって石の色が濃くなるようだ。
次に魔力の出し入れを試したのだが、これがなかなか難しく、かなり危険だという事も判明した。
先ず、魔力の籠め方を探ったのだが、それは比較的簡単だった。
体内の魔力を魔石に流し込む様に操作すれば良いだろうと試してみると、目論見通り補充出来たからだ。
だが、結構なロスがあるらしく、送り込んだ魔力量が10に対して4ほどしか充填されていない。
これに関しては、改善策を後で探ってみようと思う。
次に、米粒ほどの水の魔石に限界以上に魔力を籠めてみたのだが、限界を超えたとたん強い輝きを発して魔石が砕け、それと同時に大量の水を放出したのだった。
そのせいで俺は図らずともする気の無かった水浴びをする事になり、全身ずぶ濡れとなった……
「どうなさったのですか!?」
「い、いや、水浴びをしていただけだ。気にするな」
「そうでしたか。びっくりしました」
と、慌てて俺に駆け寄って来たエルフィーに、苦しい言い訳をして誤魔化したは良いが、水の魔石で試したのが不幸中の幸いだったな……
これを、火の魔石などで試していたら誤魔化すどころか大惨事になっていたかもしれん。
これ以上、皆の前で何か失敗するのも怖いし、今日はもう実験は止めておこう。
その後、俺は皆に付き合い宝石採集に勤しんでいたのだが、不意に拾った透明な小さな石がダイヤモンドだった。
てっきり一番多く見つかる水晶だろうと思っていたのだが、綺麗にカットされてる訳でもなく大きさも1cmほどではあるが、ダイヤでここまで大きい物なぞ今までお目にかかった記憶は無かったので、実験の失敗で下がっていた俺のテンションは急上昇した。
売ったらいくら位するんだろ……?
いや、お金どころか物々交換さえも無いこの世界じゃ大した価値はないのか……
との結論に達すると、上がったテンションが再度下がった。
だが、調べてみると魔石ではあるのだが属性が空欄になっていて、宝石の種類としてもそうだが魔石として珍しかったので再度テンションが回復した。
金銀財宝の類は人の心を惑わすと言うが、どうやら本当の事だったようである。
そうこうしてる内に日も高くなり、探索場所の水を退かしていたシルティアの魔力も付きかけたので、宝石探しは一旦休憩となった。
シルティアには世界樹の葉を、他の者達にはオヤツ代わりの果物を渡して一休みしていると、取れた宝石類の品評会の様な物が始り
「バハとレイのみたいな大きいのが見つかんないね……」
「そうねぇ、もっと大きな物が有ると思ったんだけど……」
とリーティアとシルティアは意気消沈気味だった。
両者とも十数個は見つけたみたいだが、どれも大きさはビー玉程度の物ばかりだったらしい。
レイディアとバハディアが大きな物を最初に見つける事が出来たのは、運が良かったと言うのも有るのだろうが、その石が大きかったので目に付き易かったのだろう。
二人が地面に並べた物をざっと見てみると、リーティアが集めた石は赤系統と紫色の物が多く、シルティアは青と緑と無色透明な物が多い。
他の者の集めた物も見てみると、バハディアはリーティアと似た感じで集めており、レイディアもシルティアと同じ感じだった。
俺とエルフィーは大きさは気にせずに、出来るだけ多くの色を集めた感じだな。
「ねぇ、主様。もっと大きなのはどうすれば見つかるの?」
俺が皆の宝石類を眺めていると、リーティアがそんな事を尋ねてきた。
「ふむ、大きな物か……昨日、私が話した川の石の話を覚えているか?」
「川の石の話?……あ、川で流されて小さくなるって言ってた!」
「そう、それだ。この宝石類も石だからな、つまりは……――」
「もっと上流の方を探せばいいんだね!」
と、答えが分かると少し落ち込んでいた彼女も、何時もの元気な様子に戻った。
「うむ。恐らくだが、上流の岩がまだごつごつしている所なら、探すのは難しいだろうが、此処より大きな物が多いはずだ」
まぁ、硬度が高いダイヤなどに関しては下流の方が見つけ易かったりもするのだが、大きさを重要視するのなら上流の方で探した方が良いだろう。
種類に関しても、皆にとっては透き通ってキラキラしていれば気にする物でもないだろうしな。
……宝石採取を始めてから数時間ほど経ったのだが、リーティアとシルティアは未だに熱心に川底から宝石を集めており、それにバハディアとレイディアもそれに付き合わされていた。
大きい物は上流の方が見つけ易いよ、と俺は教えたが
二人からすると「それはそれ、これはこれ」と言う事らしい。
まぁ、急ぐ旅路でもないのでかまわないか、と俺も自分を納得させ、皆の宝石採集を眺めて待つ事にした。
そして、太陽が真上へと差し掛かり、そろそろ昼になろうかという頃、ようやく海へと向かう事になった。
皆の集めた宝石を俺が一旦預かった後、川沿いを暫く歩いていると、ようやく海が見え始めた。
「主様、海までもう少しですね」
「ああ、そうだな……」
と、俺はエルフィーの声に答えながら、胸騒ぎにも似た、妙な違和感を感じていた。
何かがおかしい……
見える景色に変な所は無いのだが、海に近づくにつれて感じる違和感が大きくなっていく。
記憶の中の海では、現代社会の建築物や道路などが色々あったので、それらとの相違がそう感じさせているのかと考えもしたのだが、それとは違う違和感だった。
「なにか……妙な音が聞こえますな」
「水が流れている音とも違うようだが……」
「これは、波の音だ。
海は常に波を発生させているのだが、川や池とは波の規模が桁違いなので、こういった音になる」
と、レイディアとバハディアに俺が答えた通り、波の音まで聞こえる様になっても、俺の違和感は何故か消えない。
「波ですかぁ、それにぃ、川や池とは違う水の匂いがしますねぇ」
「そうだな、ここまで近くなると潮の――」
とシルティアに答えようとした時、俺は違和感の正体に気が付いた。
潮の香りがまったくしないのだ。
いや、逆に鼻に付く匂いが微かにする……
これは……硫黄や酸系の匂いか?
海に近づくにつれて酸の匂いがしてくるだとッ!?
「――皆! 止まれ!」
俺は慌てて皆の歩みを止めた。
この匂いが酸系の匂いだとしたら、遠くに見えているあの海はかなり危険な物のはずだ。
海に近づくまでも無く、下手をすれば有毒ガスで昏倒しかねない。
至近距離までいって調べたいが、皆を連れていては、そうも行かない。
「主様、何があったのですか?」
と言った感じで皆が尋ねてくるが、俺の頭の中は混乱で一杯だった。
なんで海がこんな事になっている……?
「……皆、すまないが、朝居た丘の上まで戻るぞ」
と、俺が言うと、皆は俺の雰囲気か表情で察してくれたらしく、素直について来てくれた。
丘まで戻る道中、俺はこの海の現状を知識や推測を総動員して考えていた。
そして、一つの答えに行き着いた……――
――……この星は、未だに死の星かもしれない。
丘の上へ登り頂上へ辿り着くと、俺は遠方の海を険しい眼差しで眺める。
この世界は原初の地球の様な成り立ちを経過せずに、かなり無理な形でGPを使い環境を作った。
その所為で、海などの環境がさっぱり整っていない可能性が高い。
この島に関しては環境構築オブジェクトだとかいう世界樹のおかげで生存可能な物になっているが、海に関しては、ほぼ手付かずの様だ。
あの海が、地球で生命が生まれる前の状態に近いのだとしたら、あの海はかなり濃度の高い酸の海であり。
時が経てば、地殻に含まれる物質などで中和されて中性になるはずだが、それには億単位の年月が必要だった気がする。
そんな気の遠くなる時間が経過するまで耐えるのは無理だ……
俺が、では無い。
皆が、だ。
このままでは千年も経たないうちに人口的な問題が起き始めるだろうし、それに耐えうるほどの物資が足りないのは目に見えている。
それに、人に必要とされる塩だって、海があんな状態では手に入らない。
ん……?
いやまて、そもそも現状では皆、塩分などは摂取していないよな?
基本的に皆が食している物は植物のみで、それらにナトリウムはほぼ含まれていないはずだ。
もしかして、皆は塩分などが必要ないのか?
しかし、人間はまだしも、他の種族に必要な栄養素なんて分からないしな……
うーん、なにか調べる方法は……そうだ!
体に塩分が使われてるかどうかは、皮膚や汗を舐めれば、味で分かるんじゃないか?
そんな事を思いつき、俺はさっそく自分の腕を舐めてみた。
だが、俺の腕はさっぱり味がしなかった。
そういえば魔石の実験で水浴びをしたんだった……
いや、それ以前に、この体は汗などが出ないんだった。
俺のではなく皆の体を調べねば。
「エルフィー」
「はい?何でしょう主様?」
「お前の体を舐めさせてくれ」
「はい……え? ふぁっ!?」
彼女に断りを入れ、俺はエルフィーの腕を掴んだ。
うん? 現代社会の様な水環境や石鹸などが無いにも関わらず彼女の体は良い香りがする、まるで……
おっとそうじゃない、今は味の方が重要なのだった。
「あ、主様ッ?えぇ?なにを!?」
「……ふむ、なるほど。
ありがとうエルフィー」
彼女の腕を少しだけ舐めると、ほのかに塩味がした。
これは、塩分が何かで補給出来ているということか?
普通の植物では含まれていないはずだし……
普通でない植物であれば含まれているか、あるいは作り出しているのだろう。
となると……
「……世界樹か」
そう呟き、俺は丘の上から遠くに見える世界樹へと視線を移す。
あの木が何かしらの方法で、皆の体調管理を行っているに違いない。
とは言え、あの木の効果が皆の人口増加にどのくらい耐えれるのかは未知数だ。
しかし、海がこんな状態とはまいったな……
母なる海どころか死の海になっているとは……




