第25話 精神の孤独
リーティア達に火の使い方を教えた翌日、俺は他の者達にも同じ事を教える羽目になった。
今朝方、竜人達が朝食を食べながら昨日の焼き栗の話をしていると、それを周りに居た者達が聞きつけて皆も食べたいと言い始めたからだ。
だが、俺の保管している栗の数だけでは不足していたので、先ず、皆で森の奥地に栗や芋など火を通すと美味しくなると思われる物を取りに行くことにした。
色々と採ってきた後はリーティア達へ教えた様に、火の取り扱いの説明をし、料理教室的な事を開催した。
さすがに、参加人数が300人近くともなると、火傷をおったり怪我などをする者達が数人でたのだが、大した事は無く、世界樹の葉を食べさせるか塗り込めば直ぐに完治したのでさして問題はない。
それに、慎重に扱わねば危険な物だと認識させるには、こういった経験もある程度は必要だろう。
昼食と夕食が合わさったちょっとしたパーティみたいになってしまったが、概ね楽しい一日だった。
そしてその日の夜、俺は皆が寝静まるのを待ってから、遠方の探索をする為の準備を始めた。
本当は日中に済ませておこうと思っていた事なのだが、思ったよりも栗拾いと調理実習に時間が掛かってしまい、夜中にひっそりと行う事にしたのだ。
こんな時は、眠らないこの体は便利だな。
探索ルートは、天界のパソコンで見た地形を元に既に考えてある。
この島は上から見ると少しだけ東西に長い楕円形をした形になっている。
広さは南北に40km、東西に60km程だろうか。
島の中央よりやや西に、標高4000mくらいのあの噴火を起こした火山が有り、そこから東へ25km程の平原地帯に世界樹がある。
今回の探索目標は、火山方向から流れてきている川を調べた後に、その川沿いを下り海へと向かう予定だ。
その後は一旦世界樹まで帰って来てから、今度は川を遡り島の中央を抜け火山を目指そうかと考えている。
明かりや水などは魔法で代用できるし、荷物に関してはアイテムボックスを使えば良いので、ほぼ手ぶらで行動できるだろう。
他に用意できる物は何だろう?と考えたが、ピッケルやテントなどは現状では無理そうなので諦めて、酷い天候になったら天界に避難する事にしよう。
コンパスは……いらないな。
世界樹を起点として動けばいいし、それでも迷子になったら天界に戻ってパソコンの方で確認すれば良いだろう。
あと憂慮すべき事は、魔力切れや怪我などの対策用に世界樹の葉の確保だ。
と俺は考え、現在、世界樹の周辺を寝ている者達を起こさない様に静かに歩き、せかせかと葉っぱを拾っている最中である。
そうして、暫くうろうろしながら世界樹の葉を拾っていると、少し離れた所で誰かが立っているのが見えた。
誰だ?と注視してみるとどうやらエルフィーのようだ。
彼女は何かを探している様子で周囲をきょろきょろと見回していた。
「どうしたんだエルフィー?
何か探し物か?」
「主様……――あッ!」
気になったので声を掛けると、彼女はこっちに振り向き小走りに駆け寄って来きたのだが、途中、俺との間の進路上で寝ていたバハディアに足を引っかけて盛大に転んでしまった。
まぁ彼は身体の色が漆黒に近いし、暗いと保護色っぽくて見えにくいよね……
「だ、大丈夫かエルフィー?……と、バハディア?」
どうやらエルフィーの足が彼の鳩尾にクリーンヒットしたらしく、一人は頭を抑え、もう一人は腹を抑えて悶えてる状態になっていた。
あまりに痛そうだったので、俺は二人に近寄り回復魔法を掛けてやる。
「大丈夫か二人とも?」
「は、はい……もう大丈夫です主様」
「ぐぉおおぉぉぉ……なんなんだ!?
む? エルフィーに主様か?」
二人とも痛みは引いた様だが、バハディアには悪い事をしたな。
「すまないバハディア。
私がエルフィーの注意を引いたせいで、彼女がお前にぶつかってしまったのだ」
「いえ! 主様のせいではありません。
私が悪かったんです。ごめんなさいバハ……」
俺とエルフィーが彼にそう謝ると
「あぁ、そうだったのですか。
まぁ、夜中に誰かに踏まれる事は良くあるので大丈夫です。
エルフィーも気にするな」
と、バハディアは何でもないといった風に答えた。
あ、やっぱり夜に踏まれる事が多いのね……
しかし、この程度では怒らないのか。
彼の事は少し荒っぽいと感じていたのだが、性格を見誤っていたらしい。
おっと、彼に感心している場合でもないか。
エルフィーが何を探していたのかも気になるし。
「そうか。それでエルフィー、一体何を探していたのだ?」
「あ、主様を探しておりました……」
うん?こんな皆が寝静まっている時間に?
何か他人には聞かれたくない相談事でも有るのか?
となると、バハディアの近くで尋ねるのはまずいか?
との考えが俺の頭をよぎったのだが
「あぁ……なんか悩んでいるか主様に訊きたい事でもあるんだろ?
昨日から何か様子が変だったもんな。
俺は離れてようか?」
と、彼の方から先に気遣いの言葉が出て来たのだった。
ほんと俺はバハディアの性格を誤解してたみたいだな。
などと、しみじみと彼の事を感心していると
「……んんー……バハうるさい!」
と、今度は彼の近くで寝ていたリーティアが、勢いよく寝返りをうち、その勢いを乗せた強烈な尻尾の一撃でバハディアの後頭部を打ち据えたのだった。
これ以上彼等の睡眠を邪魔するのも悪いので、バハディアに再度回復魔法を振りかけてから俺達の方が離れる事にした。
エルフィーの手を引きながら世界樹の近くにある池の水辺まで行き、月光を反射させる池を眺めながら話をする。
「それで……私に話したい事が有るのだったか?
何か悩みでもあるのか?」
「その……主様は――」
と、エルフィーはおずおずと話し始めた。
なんか、こんな場所まで連れてきておいてなんだが……
この状況って告白のシチュエーションみたいだな。
彼女とか居るんですか?なんて聞かれたらどうしよう……
たしかにエルフィーはここ最近大人びてきて美人に成長したし、こんな潤んだ瞳で愛をささやかれたりしたら……
でもなぁ、愛情は有っても恋愛感情とかはさっぱり無いんだよな……
でもなんかあれだな!
親戚や親しかった近所の女の子に告白されて戸惑うお兄さんと言うか、立場的に困る部分もあるがドキドキもするな!
俺がそんな妙な心持で次の言葉を待って居ると
「――私達を置いて、何処か……遠くに行かれるのですか?」
と、エルフィーは言ったのだった。
……うん、まあ、そうだよね。そんなわけないよね。
少し肩透かしな気分だが、そんな事より、どうやら彼女は俺のしようとしてた事を把握していたらしい。
ちょいちょい帰ってくるつもりだが、置いて行かれる事に不安でもあるのだろうか?
「ふむ。ここ数日の私の行動を見てそう思ったか」
「はい、何か準備をなされているのだと感じました。
それに、その自由に動ける御身体を御作りになった目的を考えますと……」
たしかに一人で行こうと考えてはいたが、俺がここから離れるのが嫌なのか、それとも置いて行かれるのが嫌なのか……
ともかく、説明はしておくか。
「お前の言う通りだ。
明日から少し、私一人で遠くまで行き色々とせねばと考えていた。
目的は……皆の今後を考えての事だな」
「私達の事を……ですか?」
「そうだ。今、皆の人数……人口は350人を超えて、最近では毎日のように子供が生まれてるな?
これが、この先も続くと、どうなると思う?」
彼女なら考えれば分かると思うので、疑問を投げかけて考えさせてみる。
「続くとですか?
それは……ここだけでは……
そうなると…………」
彼女は考えるほどに顔色が悪くなり始めた。
やはりか……
知識を与えすぎた結果、彼女は良くも悪くも先の事が見通せる様になっている。
「もういい、エルフィー。
それ以上、まだ起きても無い事に気を病む必要は無い。
私がやろうとしている事は、その先々に起こる問題を如何にかする為だ」
「そんな……全てを主様お一人でやるとおっしゃるのですか?」
彼女の思考を中断させ、今後の俺の行動指針を伝えると、今度は愕然とした表情になってしまった。
俺はやれるだけの能力も持っているし、そんな立場にもなっているのだし、やるしかないだろう。
責任感からと言う訳でも無く、やりたいからやるといった感覚に近いので、難題ではあるが、そこまで苦にはならないと思う。
だが、それに彼女や皆を付き合わせるのは、まだ早い……
「お前には謝らなければならないな……
その与えた知識ゆえに先の事が見通せてしまい、この先も自分や皆に起こる事で悩みを抱える事になるだろう。
お前には、それが重荷になるかもしれない」
「そんな! 重荷などと私はッ!
私は主様への感謝しかありません!」
エルフィーはそう否定したが、それでも他の者達と彼女を比べると、やはり彼女は異質な存在になりつつある。
他の者達は、やっと言葉を学び終えて、物事を考えて行動するという事を始めたばかりの者が大半だ。
まだまだ思考の方向性も単純であり、物事の有り様も素直に捉えて行動する。
今の様な、外敵も無く生きるのに何不自由の無い環境であるなら、そのままでも問題はない。
いや、逆にそのままの方が楽だろう。
だが彼女の様に、一人だけ不必要な知識まで持ってしまい、そして他人の事を思いやる気持ちまで持っていると、現状や未来の出来事で思い悩む事が出来てしまうせいで、心に負担が掛かるのだ。
それに、他に彼女の持つ知識を基にした悩みを理解できる者といえば、現状では俺くらいしか――
――……あぁ、そうか。
そこまで考えて、俺ははたと気付いた。
彼女の感じている寂しさや不安は、俺がここ数年感じていたのと似た物なのかもしれない。
俺が居なくなると、エルフィーは一人になってしまうのか……
理解し合える存在が、他に居なくなるのだな……
エルフィー自身も、他者との内面的な異質さを感じていて、それに理解のある俺が近くから居なくなるのが怖いのだろう。
「エルフィー……よかったら、私と一緒に来て手伝ってくれないか?」
「……え? よろしいのですか主様?」
彼女は知識を手に入れはしたが、まだ精神がそれに追いついていないのだ。
俺がエルフィーの心の成長を促せるかは分からないが……
このまま放っておくわけにもいくまい。
なので、一緒に連れて行く事に決めた。
「あぁ、もちろんだ。是非とも一緒に来てくれ。
お前が居ると私も助かる」
と、俺が言うと、エルフィーの表情は花が咲いたかのように晴れやかな顔となった。
まぁ、エルフィーが居れば俺自身の寂しさも少しは紛れるだろうしな。
暫くは彼女と共依存の様な関係になりそうだが……それも悪くないだろう。