第9話 勉強と娯楽
「みんなー、あつまれー、言葉の練習はっじまっるよー」
というわけで、神語をランク10まで上げてしまったエルフの少女に、普通の発声による会話方法を教える事になった。
後になって分かった事なのだが、MPが枯渇すると意識を失い昏倒してしまう事も判明した。
その時は、倒れたエルフっ子の両親を急いで呼んだり、慌てて世界樹の葉の汁を飲ませたりと大変だった。
そんな事もあり、彼女に神語を使用しないで話せる様にするための方法を考案し、それを学ばせる事にしたのだが――
『大樹様、さっきの陽気で変な口調の掛け声はなんですか?』
と、近くに居た件のエルフの少女が尋ねて来た。
聞こえた声はかなり流暢になってるが、不思議な響きというか声音の声になっている。
これは現在、彼女に発声をしないで話させているからだ。
何故そうさせているのかと言うと、彼女に神語での会話と発声のみで行う会話は別の物だと認識させる為である。
現在、彼女には俺と2人で会話する際には、持っている魔力が半分くらいになるまで、発声による会話をしない様に言いつけてある。
それにより、彼女が持っている魔力とその量を彼女自身に把握させる事と、神語のみを使っているという感覚を覚えさせているのだ。
その両方が把握出来るようになれば、逆に神語を使ってない状態での発音も理解しやすくなるだろう。
「あれは様式美みたいな物だ。
まだ幼い者や学習したての者に、楽しく学んでもらおうという意図がある」
などと俺が適当に答えると、彼女は『なるほど』と言い納得した。
それで、俺がなぜ子供向け教育番組の様な掛け声をしたのかというのは、彼女に普通の会話を学ばせるついでに、他にも居た言葉を学びたい者達にも、言葉と会話の仕方を教える事にしたからで、その者達を呼ぶためである。
というか、強制参加でも無いのに、何故か地上の者、全員になったんだけどね……
皆を呼んで、暫くすると全員が集り、俺を囲むように座りだした。
「さてと、昨日は基本となる50音を皆に教え終わったな?
皆、それぞれ練習してきたか?
今日は濁音と半濁音という物を――」
皆に、昨日の夜の内に考えた授業内容を思い出しながら教えていく。
俺は現在、体が世界樹の木なので発音が出来ないのだが、この世界樹の体で話すために自然と使っている神語は、物事を教えるのは非常に便利だ。
なんせ、こちらの伝えようとしている事を、相手が知識も無く内容を分からずとも、無理やり理解させてしまう事が出来るからな。
さすが神語、神の使う言葉なだけの事はある。
まぁ、その技能を不用意に人に憶えさせた事で、こんな面倒な事にもなっているんだけど……
「――と発音するのが半濁音だ。
それでは今日の授業はここまで。また各自で練習しておくように。
明日やる予定の物を学び終われば、晴れて、皆は自身の名前を決められる様になるぞ」
今日教える内容が終わったので、皆に明日とその先の事を伝えると、まだ名前を持っていない者達が喜びの表情を浮かべた。
どうやら、多数の者が参加する切っ掛けとなったのが、名前が欲しいという欲求からだったらしい。
授業的な事を初めてやる時に、発音だけでも憶えれば自分や子供に名前を付けられるし呼ぶ事も出来ると言ったら、遠巻きに見ていた者達も参加し始めたのだ。
これは皆の中に、アイデンティティみたいな物が芽生え始めてるのかね?
などと俺が考え事をしていると、あのエルフの少女が声のみで話かけてきた。
「たいじゅ、さま、モモタロウ、の、おはなし、は?」
ふむ、流暢では無いがはっきりと発音できる様になってきたな。
おっと、そうだったな、忘れる所だった。
言葉の授業が終わったら、皆に桃太郎のお話を聞かせてあげるのだったな。
言葉を学ぶのにも、楽しい部分が必要だろうと思い、俺は少しは娯楽を交えようと考えたのだ。
「そうだったな。
昨日は何処まで話したんだったか……」
「モモタロウが、おじいさんに、かった、ところ、まで、です」
初めての授業が終わった後に、その思い付きで昔話の桃太郎をアレンジして話して聞かせていると、言葉の授業と名前に興味がなかった残りの者達まで集まってきて、結局、こうして全員が参加する様になったのだ。
これが全員に言葉の授業をする事になった原因である。
「うむ、それでは続きを始めるぞ。
旅に出ようとしたモモタロウは、力を示せと言い立ちはだかったお爺さんを、無事、倒す事ができた。
そのモモタロウの力を認めたお爺さんは、モモタロウに家宝のシバカリソードを渡し、お婆さんはキビボールという不思議な食べ物を――」
皆に、昨日の夜に授業内容と一緒に考えたアレンジ桃太郎の続きを話しながら、まったりとした時間を過ごす。
なんか、こんな感じの教育番組を子供の頃にテレビで見た気がするなぁ。
幹に顔が有る大きな木の周りに、動物を模した着ぐるみの生徒役たちが集まって学ぶみたいな物を……
そんな事を記憶の中から呼び起こしつつ、俺の地上での穏やかな一日は過ぎていった。