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今回はテコ入れです
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春風が優しく肌をなぞる。
とても気持ちが良かった。
空では雲たちが体全体でそれを受けぷかぷかと浮いていた。
ーー冬の厳しい寒さを乗り越えた風たちは辛い思い出は届けないーー
そんな快い風に雪乃夢月はうとうとと眠くなってしまった。
「そんなところで寝たら、風邪ひいちゃうわよ」
ーー夢月。
長野御言は気持ちよく眠る雪乃を優しく起こした。
孤児院のルーフバルコニーに設置してある木製の大きな広いベンチで小動物のように幼く眠る雪乃に対して、長野はいつも優しく接してくれていた。
「・・・みことさん、来てたの…来てたらそう言ってくれればいいのに」
「私が来てるって言っちゃったら、あなたのこんな可愛い寝顔が見られないじゃない」
長野は孤児院の若いスタッフである。
困った子たちを助けたいというだけの理由から、保育士や教師の夢を諦め、この孤児院に就職した。
月曜から日曜までの間に水曜だけが休みと決して、楽ではなく、貰える額に値しないキツイ仕事だったが、弱音を吐かずに親から棄てられた悲しい子供たちに愛情を与えていた。
そして今日は水曜日。
本来なら休みの日で出社しなくても良い日だが、その愛情ゆえに休日なども出勤することが多かった。
それにーー。
「・・・いじわる」
不貞腐れる雪乃を見て長野は「私は本当に子供が好きなんだな」と心に刻んだ。
その子の不貞腐れた顔が決して本当に怒っていないことを長野は知っていた。
「ごめん、ごめん。今度来るときはちゃんと夢月に言ってから来るからそんな怒んないで」
「・・・本当に?約束だよっ。」
そう言ってベンチから体を起こし、長野の胸に向かって勢いよく飛び付いてくる。
シトラス系の甘酸っぱい香りが長野をゆっくりと包み込んだ。
こんなに美しく、華奢では到底、中学三年生の15歳の身体とは思えなかった。
長野はますますこの子を守ってあげようという気持ちが強くなる。
その気持ちは母性本能をくすぐるものだったのかもしれない。
長野はこんな可愛い子が親に見棄てられた事が今だに信じられなかった。そこで、長野は雪乃がここに来た経緯を知っている限りで思い出すことにした。
雪乃がこの孤児院に来たのは産まれてすぐである。
この世に生を受けた瞬間、親に見棄てられたのだ。
そしてーーこの孤児院に匿名で預けられた。
自分の名は隠し、産まれたばかりの赤子と一緒に『雪乃夢月』と書いた手紙だけを据えて。
その苗字が両親の名義である事は定かではないが、夢月というれっきとした名前だけは判別することができた。
その日から、雪乃は施設の人々の尽力を経て、大切に育てられ15年という短い時間ではあったが、それももうすぐ終わりを迎えようとしている。
「そういえば、もうすぐ誕生日だよね。もうーー16歳か〜。なら、もう夢月も高校生になるんだよ?」
雪乃はもうすぐ短かい中学生活を終え、次の高校生活へと足を運ぼうとしていた。
雪乃は元々あまり喋る方ではなかった、それによって学校や孤児院での友達の人数も限定されることが多かった。
そんな雪乃を見て、長野は雪乃と同じ境遇にあった子供達に雪乃との関係を度々斡旋していた。
雪乃と出来るだけ同じ運命にあった子供達の方が、雪乃も相手も打ち解けやすいと考えて実行した長野の計らいである。
そのおかげもあって、まだ少ないが前より多くの子と友達になれた事で雪乃は長野のことを本当に大好きだったし、長野も雪乃のことを本当の子供の様に接していた。
「・・・高校生?あんまり想像できないけどどんな所なの?」
「高校生はいいよ!めちゃくちゃ楽しいし!なんでも出来る!勉強は辛いけど…友達と力を合わせて何かやり遂げた時なんか最高に楽しいし!」
「・・・」
長野は自分が経験した高校生活を淡々と、軽快に話したが、その気迫によって、雪乃は呆気にとられた様な顔を浮かべている。
『しまった…』
と長野は心の中で自分を叱る。
あまりにも自分の高校生活が楽しかったからか、つい気合いが入り過ぎた。
長野は顔を赤らめ反省する。
「ごめん…あまりにも楽しかったもんだから…、つい」
「・・・そんなことない」
長野は一瞬何も話せかなかった。
「・・・みことさんの楽しそうな話が聞けたから、私は十分嬉しかった。」
ーーそれに。
「・・・お友達…私にももっと沢山出来ればいいなって」
長野は雪乃を本当の子供のように接している。だからこそ、長野は雪乃に幸せになって欲しかった。
「絶対できるよ!夢月は優しい女の子だから10人とか、20人とかいや、もっとできると思う!だから心配しなくていいからね」
「・・・ありがとうっ」
そうやって、また長野に抱きつき顔を埋める。
ーー大好き。
長野はそんな小さな声を耳に受けながらも雪乃と長い時間抱擁を交わしていた。
わざと短くしてます