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全てのバイトが終了し、早々と帰宅する為に真っ直ぐと家までの道のりを自転車でかけていた。
今は朝の2時半といったところか。
高校3年になってからでなくそれ以前にもこんな生活は続けて来たのだ。前日の疲れで朝起きるのは遅く、学校には遅刻しながらも行き、夜に働いて生計を立てる。と
後切 結実のとの出会い。彼女と出会った事による変革。なんの根拠も無いけど、生活が一変しそうな予感、兆候。
実質、今日の子町という美少女ならぬ美幼女の河神との出会い。第一に人間が祈祷せし神に出会い、強引に交渉を持ちかけられた。
もしかしたら、もう後切 結実との接触でそれが何らかの要因になっているとするならばあいつは、後切はーー常軌を逸した存在なのかもしれない。
…
家に着く。
「はぁ……つかれた」
真紘は当たり前の如くもう夢の中にいるのだろう。「ただいま」のその言葉をかけても何の返答も無さそうなのは火を見るより明らかだ。
もう寝よう、疲労と困憊で体がクタクタだ。僕は2階の自分の部屋へと向かった。7畳程の空間が今日の出来事のおかげでいつもより新鮮に感じられる。
早々とベッドに向かった。
目の前が刹つ那の時を過ぎ暗黒へと変わる。新たな学年での、新たな1日は日々のなんの変哲も無い1日とはまた大幅に違った1日となった。でも昨日の夢、僕がーー。
思い出したく無い。
気分が悪くなるだけだ。
僕は静かに目を閉じた。
…
そこは闇の世界。暗黒は虚無の空間にまた新たな闇を孕んでいる。不安と孤独が混在した場所で少女は育った。否、捨てられた。と言うべきか。
少女には名前もあるし、言葉を話す力もある…そう思いたいーーそうであって欲しい。
本当の家族すらいないんだから。
…捨てられたのだ。親は少女を生まれた時から少女を嫌い、憎み、遂には捨てた。でも、まだ無邪気で幼かった少女は事の重さに気付く事なく拒絶され、家族から見放されたその場所が本当の自分の居場所では無い事を知り逃げ出す。
不運にも悲しみの命運を背負った少女には荷が重過ぎた。
だって…それは…その少女には…取り憑いていたのだ。
「き………や……」
消え入りそうな世界の中、微かに少女の今にも消えそうな声が聞こえた気がした。
…
白と黒のコントラストが激しくぶつかった。その激しさに僕はそれが夢である事に気付く。
「………。」
何となく不思議で、幻想的なそんな夢ばかり見るようになったのはいつからだろうか。
名も分からない少女。会ったことも無い少女、それが夢の中だけでの存在かも知れないというのに僕は妙に興味を抱いていた。
そんな時、
「いつまで寝ておるのじゃ。お主は」
幼声。聞き覚えのある言葉。語尾の特徴的なじゃ、間違えない。
「何で、お前がここにいるんだよ」
「お主の動向を観察して、今後の展開に役立てるのが仕事じゃからな。当たり前じゃろうに」
逆さの顔、滅茶苦茶近い。ていうか、近すぎる。
「で、何が目的だ?」
無理矢理体を起こし、子町を何とか顔から離れさせ後ろを振り返って話を聞く。
「そうじゃな、お主を詮索しに来た。と言えばそうかもしれんが取り敢えず一日をどう過ごしているかを確かめに来たとでも言っておこうかのう」
「一日の約半分を学校で大した勉強もせずただ時間を浪費してる僕に何の観察点があるんだ」
「ほう。お主は学校という所に通うておるのか。そうか、そうか。勉学に忠実なのか〜。なんとも勤勉じゃ。さぞかしお主の成績などが面白そうじゃ♪」
「別に僕の成績は然程というか全然良くないし、まず成績なんてどうでも良いと思ってるからーー」
学校をサボって、夜には生活の為のバイトに行くというような生活を送ったりしている自分にとっては成績などは関係ない。このまま高校を卒業して、普通に妹と暮らしてこの街で普通に働いて…そんな毎日になる。きっと、多分そうだ。進学なんてはなっから考えていない。
今自分に必要なのは勉学に励むことなんかじゃない。明日をどうするかを考えた方がよっぽど現実的だと思う。
すると子町は余程僕に興味を持ったのか、
「お主の家系がどうなっておるのかをまず知りたい所じゃな」
僕の家族関係。両親はもうこの世にいなく自分が妹と二人分養っている事を端的に伝えた。すると子町は
「そうであったのか。お主も大変な苦労を重ねてきたようじゃのう」
そこで、ポンと子町の小さな手が僕の頭に置かれ、耳元で小さく
「ご苦労様じゃ」
と確かに聞こえた。
ふと、ここで目覚まし時計に目をやった。『7時45分』。子町はどうやら僕を起こしに来たのだろうか?そうであるとすれば、河神に相当な雑用を命じているようになるじゃないか。
なんだったっけ、僕の言動を観察して人の研究がしたいと…。
「人間達の開発によって無理矢理眠りから覚まされた神か…」
「何か言ったか?」
「いや、何でもない…あ、そうだ。子町、朝はもう食べたのか?」
「神は何も食べぬ!」
正直に言うとその時、滅茶苦茶驚いた。
「マジか!河神って何も食べなくても生きていけるのか!凄いな…神って。でも本当に大丈夫なのか?死なないのか?」
「戯け!冗談じゃ!!そんな戯言を親身になって考えなくていいのじゃ!」
「そうなのか?ビックリしたぜ。なんせ何も食べてないものだからそんな低身長になって………」
パチンッ!
強力な平手打ちは
僕の首を果てまで飛ばしそうになる程の威力だったが、消え入りそうな意識の中で刹那、子町の泣き目になって怒っている顔が目に入った。
それから子町と一緒に下の1階へおりて行くと案の定、真紘が僕の為に朝食を作ってくれていた。うん、中々使える妹だ。
でも、あ、待った。
子町の朝食が無い。このままだとマズイ。こちらから紳士的に誘っておいて「あ、ごめん。お前の作ってねぇみたい♪」では、次はレスラー並のジャーマンスープレックスをいつ発動されるかも分からない。
「おはよう〜ってアレ?誰その綺麗な着物を着ていかにも古風な感じを醸し出してる女の人?でもその身長的に言うと…幼女!!?お兄ちゃん!だから、アレほど言ったじゃない!児童を勝手に家に連れ込んで淫らな行いを強制したら犯罪だって!確実に、確固にそれは犯罪的だって!圧倒的犯罪だって!!!」
「僕がそんな不躾な行いを平気でやる高校生だと思ったら大きな間違いだろうが!まず、第一に何処の世界に着物を着た可愛い幼女を平気で拉致る高校生がいるって言うんだ!だってこいつは……」
そうか、子町を神ーー河神だと言った所で信じてもらえる筈が無い気もするが、しかし、神じゃないならなんて言う?誰と言う?「実はな…真紘…お前は知らなかったと思うが、僕達は決して二人兄妹じゃ無いんだ……くっ!こんなことならもっと先に言うべきだった…。実は…コイツは…父さんの隠し子だったんだ!」と、でも言うか…?いや、無理だろう。こんな所で兄妹の秘密を大暴露したとしたら僕達の中に何年かかっても埋められないでっかい亀裂が入っちまう。
うぅ…。
「この子は…?」
「…その、、し……き」
「?」
「親戚だよ!母さんの方のな!」
「そうだったの!?」
「そうだよ。昨日深夜にこの子の親がな、訪ねてきて「どうか…この子をお願いします…」って言っておいていったからだよ」
「なんで深夜なの?なんでそんな親御さんが絶望的史観なの?」
「こまけぇことはいいんだよ!それよりすまない、真紘。子町の分の朝食を作ってやってくれ」
「この子。子町ちゃんっていうの?」
あ…。口が滑った。というよりは焦る気持ちが大きくなった。でもここで隠しておいても後々バレるだろう。それよりも早急にこの場を退きたくなった。理由は多分この気まずさにどうしようもなくなったからだと思う。
「僕はもう出るからな!」
「え、お兄ちゃん。朝食はいいの?あと弁当そこ!」
テーブルの上を指差して弁当の居場所を伝えてくれた。我ながらやはり出来の良い妹だーー怒るとすげー怖いけど…。
と、僕が早々この場から切り抜けようとすると子町が制服の裾をグイッと引っ張り行動を制止された。
あ。
何の了承も無しに母さんの親戚にって、そんな急展開が享受出来る筈無いだろう。というか、本当に何しに来たんだコイツは。本当に僕を「夜の仕事お疲れ様じゃ♪ウチが直々に起こしに来てやったのじゃぞ?少しは感謝せぬか!」とか。
そんな意味合いで起こしに来てくれたのが現実であるなら、そうであるなら、僕は道義的に彼女に起こされた事になる。だから妹からの僕の冤罪をより具体的に、委細証明しようとするなら「本当に悪いのは不法侵入した河神の方ではないか?」という結論に必然的に至ってしまう訳だけれども、起こしに来てくれたという事が本当に事実であるなら僕は全面的に河神を庇うわけだが。
「その…。ウチはこれからお主が出発した後どのように言動を起こせばいいのじゃ?母方の親戚という事になっておるのじゃろ?んぅーー…。変な気分じゃ」
神であっても心配と、不安という感情があるらしい。まあ唐突に血の繋がりを位置づけられても仕方ないか。
ーー第一、ややこしい関係にしたの僕だし。
そこは自重しよう。
「本当にすまない、子町。なんとかして話しを合わせてくれ。でも真紘ももう出かけるだろうし適當に話を合わせておいてくれ」
立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと待つのじゃ!」
こうして僕の高校三年の春の優雅な二日目の朝は始まったのだった。
でも、この推測は憶測でしかなかった…。
私立剪灯高校。あと一年も経てば僕はここを巣立つことになる。まあ、その一年を無駄にしてはいけまいと思って入ったのがあの後切結実の陰謀こと「生徒楽園計画部」たる部活だが、果たしてこんな名の変な部活に人が来るのだろうか。
「霧〜!朗報よ!!」
朝から甲高い声と僕の机を力強く叩く音が教室中に響き渡った。
朝からはもう少し声のトーンを落としてくれると有難たいのだが、後切の資質上不可能である事は百も承知である。
とはいえ朗報とはなんであろうか。
全く検討がつかないなぁ〜。
嘘だ。大嘘だ。
多分今の後切から察するにこのどうしようもない握髪吐哺の感情に歯止めが効かないのだと思う。
「どうしたんだ朝から大声出して。
見てみろよ、机が可哀想で仕方がないだろう」
「机なんかどうでも良いのよ!それより…聞きなさいよ!」
机はどうでもよかったらしい。
ごめんな木材ーー痛かったろうに。
すまないな。
「言われんでもさっきからずっと聴いているだろう。」
「いたのよ!勧誘出来そうな子が。その子ってねえーと…私達と同期で、なんとね…学校に登校してきてないらしいのよ。」
後切が朝早くから僕に提示してきた朗報という物はあくまでも勧誘出来そうな子の情報であった。
しかも、登校をしてきていないという妙な事情があった。
そういう機微を読み取るような力は僕には無いが三年になって登校していないというのはマズイと思う。
でも僕には後切の言う「勧誘出来そうな子」の事が鼻について仕方がない。面識もないのに…、何故?
それは言葉に表せない程のーー不思議な感情だった…。
段々と寒い季節になってきましたね。
皆様はいかがお過ごしでしょうか?