大雨の日
いよいよ堰の工事がはじまりました。
「そら、倒すぞ」
あちらでも、こちらでも大きな杉が倒されます。一日でも速く堰を作らねばなりません。陽が次第に短くなり、そろそろ台風もくるでしょう。
新しい堰は市蔵さんが作った堰のずっと下方に作られることになりました。型枠を作り石組みの土台ができ、しっくいを使い固めます。さらに太くて丈夫な杉を倒し頑丈にします。里の田んぼのために一定の水は流れるように水路を作るのです。その水量は作兵衛さんが決めます。
「なんとか、大雨の前に間に合ったわい」
「ここぞとばかりに値の張る杉ばかりを切り倒しやがって、一体いくら儲けるつもりだ。まあ堰に使うのだから、大した金にはならんだろうに」
作兵衛さんはそう言いながら、お人好しの市蔵さんが昔と変わらない事に不思議と安心した様子でした。
「今度は、わしの番じゃの」
稲の刈り入れが終わると、お地蔵様のあった付近の土地は、市蔵さんの山から切り出される材木が山積みされる場所へと変わります。作兵衛さんは、別の場所にまた新しいお地蔵様を建立するつもりでした。
「今日の作業は終わったみたいね」
「なるほど、ゆいの言う通りここからは村が見渡せる。あの堰はこの堰の倍以上ある、さすがはお父様だ。あんな安値であの杉を売るなんて誰にでもできるものじゃない」
「信介さんのお父様だって、材木を運び出す道から材木置き場までの土地、一体何反の田んぼを潰したのかしら」
二人はそれが村のためだと思っていました。
でも、二人がそっと持ち出した杉の堰の端に置いてあるお地蔵様は他の事を考えていた様です。そのお地蔵様は信介が器用に作ったお堂の中にありました。もう恋文は必要なく、二人は一緒の時をここで時々過ごしていました。
「あっ、雨が当たった」
「嵐が来そうです、帰りましょう信介様」
夜半から次第に風が強く吹き始めました。
「まだ止む気配はないのか」
市蔵さんはもう丸二日降り続く雨を不安げに見上げました。
「新しい堰は杉の堰を越えた水を受け止めるのに十分な貯水量はある。しかしまだ完成したばかりだ。土留めはまだ固まっていない。もし上の杉の堰が決壊したら……」
市蔵さんは杉の堰にたまった土砂を掻き出す人夫まで、新しい堰を作るために現場に寝泊まりさせた事を今更ながら後悔しました、一向に雨は止みません。
「杉の堰はもつのか、あの嵐の日よりも、この度の雨は凄まじい。杉の堰が決壊でもすれば、村まで埋め尽くされてしまうだろう」
三日目も雨は止みませんでした、さすがに高台に村人は集まってきました。でもそこには市蔵さんの姿は見当たりませんでした。
「あの馬鹿、きっと山だ。急ごしらえの堰だ、様子を見にでも行ったのだろうよ」
そう言った作兵衛さんは全ての村人がこの高台に避難しているのを確認すると堰に向かいました。しばらくして信介とゆいの二人も作兵衛さんの後を追っていきました。




