飛行中2
「まあ、おかげで生物学は飛躍的に進歩したんですがね。いいことです」
姫様は虚空を見つめ、そんな一般論を挙げました。風は強く吹き、姫様の長い髪を弄びました。
はぁ......と姫様はあくびともため息ともとれる吐息をすると、
「少し、眠くなっちゃいました」
そう言ってスメルの腕を借りて寝付こうとします。
「危ないからこんなとこで寝ようとしないでくれよ」
スメルは冷や汗をだらだら流しながら姫様の体を起こそうと重心を傾けようとしますが、
「......すぅ......すぅ」
三日前から睡眠を取っていない姫様は、スメルが返事をする前に寝付いてしまいました。
下手に動くと、この綿毛のような娘が落ちてしまうんじゃないか。
そう想像をしたスメルは、しかたなく身を委ねさせてやりました。
薄い半袖越し伝わってくる柔い肌と高い体温、指先までに絡み付いてくる細く長い髪の毛、漂ってくる汗の臭いと静かな吐息。青空を走る一陣の流れ星の上で、スメルは姫様の頭を優しく撫でました。
これが夢じゃないとしたなら、僕は行方不明という事になるのだろうか。そうすればあんな父でも捜索願いとやらをだしてくれるのだろうか。マスターはすぐ心配してくれるんだろうな。友人は、先生方は、カフェのお客さんはどうだろうか。-- 香子 は、僕を捜してくれるだろうか。
いいかげんこれが現実と気づき始めているスメルは、流れる山々を眺めながら、前世の後顧を気にしていました。
『救世主様』
スメルは姫様から放たれたその言葉を再生しました。
『みんな、救世主の登場だよ!』
矢倉香子。
最初にスメルに祈った人物でした。
部活を救ってほしい。それが香子の願いでした。
ぱすっ。
気がつくと、姫様はスメルの腕から滑り落ちて、頭は膝の上に乗っていました。俗に言うひざまくら
なぜ落ちないのかわからないほど絶妙なバランスです。そんな中でも、よほど疲れていたのでしょう、姫様はすやすやと寝ています。
おいおいおい落ちるって。やばいって。
動揺するスメルをよそに、姫様はどんどん眠りに落ちていきます。
基地にはまだまだ着かないようです。