飛行中
次第に小さくなる魔方陣を見下げながら、落ちたり昇ったりと忙しい夢だなと、スメルはくだらない連想をして恐怖心を紛らわせようとします。
天馬の上は風の心地いい飛行機のようなもので、離陸時の揺れは激しかったものの、飛行中は揺れも収まり快適なものでした。
しかしいくら揺れがないとはいっても、安全器具が備わっていないフライトはやはり恐ろしいもので、スメルは必死に現実逃避をしています。
「秘密基地は、あの丘のあたりにあるんです」
スメルの心境を読み取った姫様は、アッシュの目線の先、北西の方角を左手で指して言いました。
「正面に広がるあの山々はキャスター山脈、北東に見えるあの厳めしいお城は獣王さんの住まいです」
キャスター山脈はこの大陸〈シガルド〉にある数少ない自然的国境で、三つの国に面していました。
凹の字をひっくり返した形に少し似ている大陸の中で、キャスター山脈は南西の突起した部分を縦長になるように隔てていました。
隔てられている部分の領地が獣王と呼ばれるレディウス氏の領地、山より東、さらに南側が空王と呼ばれるセスター氏の領地、北側が姫様の父、魔王と呼ばれるマリアンポール氏の領地となっています。
姫様はそのことを自分の父が王という事を隠してスメルに話しました。
「獣王とか空王とか、魔族の他にも種族があるの?」
スメルは清々しい風に当たりながら少しは血色が良くなった顔で尋ねました。
「いえ、獣王も空王も本来は同じ魔族なんです。まあそんなことを言ったら人間さんも同じ生物なんですがね。ただまあ獣人、空人、魔人、そして人間と。昔の偉い学者様がカテゴライズしたんです」
牙を持つものを獣人。
翼を持つものを空人。
魔力を持つものを魔人。
知恵を持つものを人間。
「それを大まかにくくって魔族と人間となったそうですよ」
少し寂しそうに、姫様はまとめました。
「まるで人間はなにも持っていないみたいだな」
「いえいえ、知恵を持っているんです。それはもう魔族とは桁違いのものを」
持たざる学者が皮肉を込めて言ったであろう言葉を、混血である姫様の気に障らないようにリフレーミングしたスメルでしたが、どうやら杞憂だったようです。混血たる由縁でしょうか、それどころかむしろ誇らしそうでした。
「なんでわざわざ分け隔てたのかは理解しかねますね」
それが姫様の陰りの理由でした。
戦争の原因、動乱の禍根。
スメルはかける言葉がありませんでした。
彼もまた、分ける人だったからです。