なりたいもの
「それで僕はなにを救えばいいの」
スメルは意気揚々と立ち上がりました。
姫様はスメルのさしのべてきた手を取り、気力を振り絞って立ち、答えました。
「文字通り、この世界をです」
そんな驚異的規模な依頼と聞いても、スメルは相変わらずのテンションで「なるほどねぇ」と返事しました。一種のランナーズハイでしょうか。本当は現実だと気づいているのでは無いのでしょうか。
救世主と呼ばれたから仕方なく、どうせ夢の中だから仕方なく、そんな発想だから前回救世主に成りきれなかったのではないのでしょうか。
「世界を救うって、どういうこと」
スメルは繰り返し質問をします。
「この世界は、現在魔族と人間が戦争をしています。私はそれを止めたいんです」
スメルはよくファンタジーの中である話だなと心の片隅で一瞬思いましたが、今までで一番真剣な瑠璃色の眼差しに、そんな思いは消え失せました。
姫様は続けます。
「現状では人類軍が劣勢で、滅亡の危機に瀕しています。全部助けたいんです。私は、人間と魔族の混血だから」
姫様の祖父がまだ健在だった頃の話です。
姫様の父は、人間に恋をしました。
とても純粋な恋。魔族といえど、恋くらいは嗜みます。
その気持ちは姫様の母、発明家であるその人間にも届きました。
しかし当時、魔族の貴族は同じ階級か、もしくは近い階級の者としかこどもを育めいない習わしでした。
魔族だけが所有する力、魔力には個人差があり、功績の高い貴族は特に魔力を多く所有していました。
魔力は親の遺伝を受けるものなので、そういった習わしができたそうです。
ゆえに、魔族の王族が人間と恋愛するなんてことは言語道断でした。妾として養うことも叶いませんでした。
若かりし頃の姫様の父は、母と駆け落ちをしました。1年ほどの逃避行でした。
その間に、姫様が産まれたのです。
「全部をねぇ、どうやって」
スメルはニヤつきながらいいます。
「私が、悪になります」
「悪......?」
スメルは呆気に取られてしまいます。姫様の飛躍しすぎた回答に驚いたからです。
「そう、悪です。私は、人間と魔族の掛橋になりたいんです。でもふつうに外交しても、もうわかり合えない。なら、共通の敵を作りしかない、と」
呉越同舟というのが姫様の狙いでした。
この発想に及んだのは父の過去を聞いてでした。
逃避行の終末は、姫様が産まれてすぐのことでした。
魔族と人間両方の秘密警察が、その二人を捕まえにきたのです。
魔族の王族が人間と駆け落ちしたと聞けば、クーデターが起きかねない。
稀代の発明家が魔族と駆け落ちしたと聞けば、学会に波紋が起きかねない。
もともと仲良くなかった両者は、このあってはならない事実を隠蔽するために、左右の手のように協力したのです。
その時、姫様の母と父は離れ離れになってしまいました。
「だから私は悪になるんです」
姫様はじっと、スメルを見据えます。
スメルはその真剣な表情にまた過去の面影を重ねてしまいます。
『しょうがないよ。悪いのは君じゃない』
そう慰めたのはだれだったっけ。
前回は自分の弱さに負けた。
今度こそ、助けたい。
今度こそ、救いたい。
今度こそ、救世主になりたい。
スメルは強く、望みました。
種族間の戦争、世界を救うということ、それがどれほどのものか計り知れないことほど大きいことはスメルもわかっていました。
それでも望んだのです。贖罪と、名誉のために。