転生成功
奇跡とは常識では理解できない超常現象のこと。
魔法が常識であるこの世界でも、姫様が顕現なされたものは、奇跡と呼ぶに等しいものでした。
『異界転生』
この世界の他に世界が存在すると仮定して、その境界に穴を開け、そこから物質を転移させるというもの。
通常の物質転送さえもまだ確立された魔術でないこの時代に、姫様は、おとぎ話や神話で語られている程度のそれを王立の図書館でおよそ6ヶ月こもりきりで調べ上げ、研究し、理論上可能な方程術式に興しました。
さらにそれを現実のものにするために、結界を張るのに15日間かけ、3日3晩の祈りの末、その奇跡を起こして見せました。
魔族の王の血統である姫様も、さすがに疲れたのか、転生が終わると同時にその場に座り込みました。
幼くも美しいその白い肌は、汗と霜で濡れ、発光さえもしているかのような月色の長い髪は、水気を含んみ、普段よりも艶めかしさを増していました。術式用の白いワンピースのような服は、ベタベタと肌に張り付き、瑠璃色の瞳の下にはクマができていました。
時々雫が垂れて、神秘的な雰囲気が姫様を包んでいます。
はぁ......と、ため息にも似た深呼吸3度ほどすると、姫様は手前の魔方陣に両足を這って近づきました。
森一つ使った大規模な結界に反して魔方陣はサッカーコートのセンターサークルほどの大きさでした。
姫様の力ではそれが限界だったようです。
魔方陣には、ひとりの少年が仰向けに倒れていました。 ボサボサの黒髪にジーパンと無地のTシャツ、歳は身長からして姫様の5つ上ほどでしょうか。徴という特徴はなく、特徴という言葉を添加物とするならば、オーガニック少年とでもいえるような人間でした。
「生きてますよね。成功みたいです」
姫様はまるで母親が自分の赤ちゃんに向けるような慈愛に満ちた瞳で、茫然とその少年を見つめていました。
「信じるものですね。これもすべて神様のおかげなんですね」
姫様は、うわごとのように呟きました。
「救世主様、思っていたより若いですね、驚きました。でも、これできっと平和になるんですね」
また、姫様から一滴、雫が落ちました。