ぎちち きつい(コーヤン流XP)
この世界の設定
1この世界では本来人間がもっていない能力を急に手に入ることがある。これを陽性ポジティブと呼ぶ。
能力は妖精に感染することで手にはいる。妖精は目には見えないが感染者と意思疎通ができる。これによって感染者は自分の陽性を知る。妖精の知能は固有差が大きく、これからの研究対象である。
2どんな陽性が発現するかは諸説あるが、妖精と意思疎通できるという点から妖精とは自我の境界線があいまいになることで生じる幻聴ではないかと指摘した精神科医がいる。向精神病薬で幻聴が軽減することもその根拠だ。すると、精神と陽性とは深く関係があることは間違いない。つまり、精神への傷害トラウマが陽性に関係する。さらに陽性のパワーの強さもセロトニンの量が関係しているといわれる。想いが強いと陽性もそれにこたえてくれる。
3この世界は変な人がいる。
ドンチョンキーは仲間を探していた。そこまではオーケー?なぜなら早いところがかたき討ちだ。仇を討つには単純に力が足りなかった。
ドンチョンキーの陽性は愛する他人とすべてを共有する力である。よって彼は愛する仲間を探さなければならなかった。そこにかざみがあらわれた。障害児の子供と健常児の子供二人を抱えてたくましく生きる彼女の能力とその生きざまは愛するにはけして劣るところのない人物であった。
「かたき討ちなんて馬鹿げたことだと思うかい?」ドンチョンキーは片方の手で子供をしっかりにぎりながら車いすを押す母、かざみに語り掛けた。
「馬鹿げていないことなんて生きることぐらいよ。」かざみは言う。
「生きることだって馬鹿げてるさ。」ドンチョンキーは顔に手をやる。彼の癖だ。「でも、死ぬよりはましだ。」
「本当にましなのかなって私はこの子を見ながらよく考えるわよ。」障害児の頭をなでながらかざみは口を動かす。
「ああ。生きるのは死ぬより選択肢が多い。生きていれば死ぬこともできるが、死ねば生きることはできない。」
「この子は私がいなければ生きることもできないわ。」
「いや、彼には陽性がある。」
陽性は弱った人に強く発現する傾向がある。まるで感染症のように。障害児の陽性は祈り。つまり、実現可能な願いが適う陽性である。
「この子の陽性のおかげかもね。私がこうやって幸せに生きているのも、あなたに会えたのも。」
「そういえば、子供たちの名前ってなんていうんだい?」
「アリッキーとリフレチウスよ」
「わお!餃子の一種かい?」
むしゃり
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今日わかったこと
かざみの子供はアリッキーとリフレチウス(どこかで聞いたような・・・)
コーヤン流とは三間飛車で居飛車穴熊に対抗する指し方のこと。
生きてるほうが選択肢が多いという点で死んでいるより優れる。




