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六章 新たな家



 翌朝。備え付けの家具以外の荷物を粗方纏めた時、窓の下に一台の軽四トラックが停まるのが見えた。


 バタン!「おはよう二人共!準備は出来た!?」「ああ、大方な!」


 生まれて初めての引っ越し。しかも昨夜決まったばかりで心の準備もまだだ。正直期待と不安が入り混じって余り眠れなかった。

 階段を上がってきた女主人がドアを開けた。後ろから二人の爺さんも顔を覗かせる。

「ほほう、確かにこれは見事なオンボロアパートじゃのう。アイザが怒るのも無理無いわ」

 罅の入った壁をベタベタ触りつつ、古い方の爺さんが感心の声を上げる。

「そうよ。両、あんたこれ児童相談所が来るレベルよ。庚が可哀相だと思わなかったの?」

「いや、俺は別に気にしてな」

「もっと里親としてしっかりしなさい。あんた如何でこの子の人生決まるんだから」

「……はい」

 親父、要は彼女に四六時中説教されるのが嫌で言い出せなかったんだな。

「重い物は庚の本だけだったよね?この段ボール?」

 言いつつ右腕一本で上げる。本当怪力だなこの人。

「結構入ってるね。教科書とか?」

「それはこっちのバッグに入れてるよ」肩に掛けた鞄を指差す。「そっちは古紙回収の日に拾ってきたのとか、柚芽がくれた小説だよ」

「本が好きなのか?」

 若い方、口数の少ない爺さんがこの日初めて口を開けた。ハスキーな良い声だ。

「気が合いそうだな。私は四 理だ、宜しく」

「こちらこそ」

 大きな手を握ると、皮膚の奥に微かな違和感を覚えた。気のせいか?と、横から古い爺さんも手を伸ばしてくる。

「そう言えば儂も自己紹介がまだじゃったな。宝 参、天宝商店の主をやっておる」

 握手。こちらは見た目通り細くて力も弱かった。ああ何だ、この人が店主なのか。態度からてっきり彼女が主だと思っていた。

「ん?アタシ、庚に名前言ったっけ?柚芽達には言ったけど―――あ、やっぱりまだだったね。御免御免、うっかりしてた。アタシはアイザ・ストック。天宝の女はアタシ一人だから、何か困った事があったら何時でも相談してね」

 パンパン!手を叩く。

「ほらほら皆、早く下に荷物運んで!終わったら庚は宝爺達と先に家へ行って荷解き。両はアタシとこの部屋の掃除だよ。午後から鑑定の仕事入っているんだから急いでね!」

「へいへい」

 勿論貧乏な父子二人。荷物自体それ程無く、僅か数分で運び出しは終了した。後ろの荷台に落ちないよう乗せ、座席の方へ回り込む。

 爺さん二人を前に後部座席へ乗り込むと、運転席の四爺さんが振り返った。

「忘れ物は無いか?」

「ああ。急ぎなんだろ?同じ街だし、あったら後で取りに来るよ」

「そうか。じゃあ出発だ」


 ブロロロッ!


 エンジンが唸り、軽トラが前進を開始する。開け放たれた二階の窓からアイザさんが手を振ってくれていた。身を外へ乗り出して振り返していると、一階から大家の婆さんが出て来る。


「僕、これ」

「へ、わっ!?」


 彼女は説明無しに窓へ四角い紙包みを投げ入れる。キャッチした時には、既に婆さんは背を向けてアパートに戻ろうとしていた。破って中身を見てみると、以前欲しいと零した辞書だった。


「婆さん、ありがとな!!」


 ドアを開けて中に消えかけた大家へ、あらん限りの大声で礼を言う。

 尻の下から振動が響き、抱えた鞄がカタカタ鳴る。

「お主には二階の一室を用意してあるからの。今年から中等部じゃろ?学生さんなら静かに越した事はないの」

「親父は?」

「両は一階の角部屋だ。昔は偶の来客用に使っていたが、今はただの物置きだったからな」

 俺達と荷物を乗せ、ノロノロと軽トラは骨董店の方へ進む。

「ところでうちの店の事は両から聞いておるかの?」

「骨董屋だよな。いや、親父は小さい店としか。そもそも勤め先自体、昨日ようやく知ったぐらいで」

「とすると、君は今までずっと父親が何処で何の仕事しているか知らなかったのか?」

 四爺さんは左手を顎にやって考え込む。

「そうか……矢張りまだ、彼もあの事件の業に……」

 昼間の骨董屋は思ったよりボロくなく、むしろ大切に手入れされて良い感じに古くなっていた。おお、中々良さそうな住まい。

 一番重い本の段ボールは俺が持つとして、爺さん達には衣服の入った箱を持って行ってもらう事にした。


 ガチャッ。ガラガラガラ……。


 中も外観と同様古風だ。綺麗に拭き清められた木の床に顔が映りそうだ。アイザさんが掃除しているのだろうか?ますます良い感じだ。気に入った。

「あ、宝爺さん。そっちは親父の荷物」

「じゃあ一階に運んでおくぞ。―――しかし、まさか二人で段ボールたった三箱とはの。随分楽な引っ越しじゃ」

「君はこれから色々必要になる時期だ。大学進学は考えているのか?両の話だと、君は中々の成績優秀者だそうだが」

「え?親父、んな事言ったのか?」

 成績表なんて今まで二、三回しか見せた事無いのに……あ、この前の保護者面談か。初等部の総合成績は一応五位だっけ?一位は言わずもがな。まぁ、柚芽はガリ勉だから当然と言えば当然か。

「ああ、聡い子供だといつも自慢していたぞ。アイザのいない所でこっそりだがな」

 間接的にとは言え、褒められると恥ずかしい。

「儂は聞いておらんぞ、四。ずっと独り身じゃとばかり」

「私とは出張の調整があるので話したのだろう。流石に小さい子供が家にいては遠出出来ないからな」

 口も堅そうだしな。親父も安心して秘密を告白したのだろう。

「……大学はまだ何とも。就きたい職業次第かな」

「そうか。取り敢えず教育ローンの方は私達で返済手続きしておこう。行きたければ大学進学費用も出す。遠慮はしなくていい」

「あ、ああ」

 進学、か……まあ考えておこう。

「庚、何か不自由があったら遠慮無く言うんじゃぞ。両は見ての通り少々鈍いからの」

「知ってる」

 伊達に十年以上一緒にいない。

「昔預けられていた施設とはまだ交流があるか?悩みによってはそちらに相談した方が良いかもしれんぞ」

「園は卒業してから一切連絡してないよ。毎年問題児ばっかで大変みたいだし。あ、でも環紗の学校に龍族の先生がいるからさ、いざとなったらその人に話してみるよ」

「なら一先ず安心じゃ。四、庚を部屋に」

「ああ」

 人二人分の幅の階段を昇り、手前の部屋のドアを開ける。


「うわ!」


 八畳の広々した一室。立派なデスクセットに、図書室に置いていそうな高い本棚。新鮮ない草の匂いが鼻腔を刺激し、気分爽快だ。

「布団は押し入れの上段、下は衣服用の箪笥が入っているから使いなさい。コンセントは机の裏とここ」入口のすぐ左を示す。「ブレーカーが落ちそうな物を使う時は、一言私達に申告する事」

「ドライヤーとか?俺、髪短いから使わないぜ。他に部屋でと言うと、今の所デスクライトぐらいかな」

「そうか。なら後で私が昔使っていた物を持って来よう」

 宝爺さんがぎぃぎぃ階段を上がってくる音がして、俺はドアから顔を出した。

「どうじゃ、気に入ったか?」

「勿論。前の家に比べたら天国みたいだよ」

「そいつは良かったの。荷解きの前に、家と店の中を案内しておこう。付いて来なさい」

 一階の台所、風呂、トイレときて、あの夜上げられた大広間に入る。左側の開け放たれた襖の先に、ちょこんと親父の段ボールが置いてあった。奥にもう一枚襖が見える。あそこが親父の部屋か。

 ふと横を見ると、長机の脇に棒状の物が立て掛けられている。下が重りのように丸くなっていて、棒に沿うように二本の弦が掛かっていた。俺が不思議そうに観察していると、二胡だ、珍しい楽器だから学校には無いかもしれないな、四爺さんが説明してくれた。

「どうもあの子が昨日弾いたまま忘れたらしい。帰ったら片付けるよう言っておこう」

 持ち主はアイザさんなのか。あんなに大きな手で、こんな繊細そうな楽器を扱えるなんて意外だ。一体どんな音が出るんだろう。




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