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五章 帰宅



「親御さん、何時帰って来るの?」

 夕食が完成し、一旦火を止めてから女主人は尋ねた。

「大体六時頃かな。いや、今日は確か早く帰れる日だから五時か」

「ふーん。うちの店と同じぐらいだね。ところで何の仕事してるの?」

「詳しくは知らないけど、力仕事と接客が半々ぐらいある店員だってさ」

 そう言えば親父の職場って何処なんだろう?一度もそれらしい話を聞いた覚えが無いぞ。環紗の何処かには違いないが、本人が恥ずかしがって未だに教えて貰っていなかった。


 カンカンカン……ボロ階段を上がる、聞き覚えのある足音。


「噂をすれば親父だ。えっと」

「何よ。挨拶ぐらいさせてくれてもいいでしょ」

 まあ掃除に飯作りにと獅子奮闘の活躍だったし、先日の件も含めて親子共々是非お礼をしたい。


「おーい庚!友達でも来ているのか!」ガチャッ。「よっと、どんな可愛い子連れ込んで―――げっ!!?」


 逃げようとした親父の胸倉を素早く女主人が掴む。

「お、おい庚!何でアイザを家に上げてるんだよ!?」

「え、知り合いなのか親父?」

「知ってるも何もこいつは」

「両!こんな環境で子供育てて良いと思ってんの!?見損なった!お金が無いなら、何でアタシ達に相談しないのよ!?」

「いや、だってさぁ」

「だってもさってもない!こっち来なさい!庚、あんたは先にご飯食べてて」

「はーい」

 引き摺られるように親父は彼女と奥、つまり寝室へ連れて行かれた。申し訳程度の襖は付いているが、勿論声は駄々漏れだ。時々気にしつつも、まずは階下へ行ってほかほかの洗濯物を回収。部屋へ戻って畳み、箪笥へ仕舞う。


―――あの子、もしかして桂邸で見つけた卵の?預けたって嘘吐いたのね。

―――しょうがねえだろ。孤児院なんて何処も一杯で……可哀相だと思ったんだよ。

―――アタシが引き取るって言った時は散々反対したくせに。……まあいいか。病気もしてないみたいだし、ちゃんと変化出来てて凄いよ。


 成程。俺とアイザさん、生まれる前から接点があったんだな。で、親父はどうやらあの店の従業員で、彼女に尻に敷かれているらしい、と。

 その後図書室で借りた本の残りを読み終え、まだ熱々の肉じゃがとお浸し、何時の間にか炊かれていた白米に舌鼓を打ち、一人分の食器を洗った。


 バタン!「いい、分かったわね両!明日八時きっかりに迎えに来るから、その前にちゃんと準備しておくのよ!」「ああ……」


 玄関へ向かう彼女は、ふと宿題に向かう俺の方を振り返った。

「感心感心。庚、どうだった味は?」

「最高。こんな美味い飯は生まれて初めてだ」

 すると女主人は花の蕾のように唇を綻ばせ、満面の笑みを浮かべた。

「そんなに褒められると照れるね。じゃ、お休み。また明日」


 バタン。


「親父、明日の準備って?」

 怒涛の展開に蹲りかけた親父は、抱えた頭を横に振る。

「飯、食ってからにしていいか?ついでに頭痛薬……は買ってなかったな。今度胃薬と一緒に爺さんに頼んどかねえと」

 俺が皿に入れた肉じゃがを白米の上にドバドバ掛ける。それをガツガツ掻き込み、合間にお浸しを摘まんで咀嚼した。

「ああくそ、美味い。いつも店で食ってるのと同じ味だな、肉以外は」

 短い晩飯が終わって食器を浸け、改めて向かい合わせに座る。

「お前、あいつと何処で知り合った?隣地区だからあんまり顔は合わせない筈だぞ」

「前話しただろ、元うちのクラスの不良。そいつに脅されて、あの店の幽霊蔵の噂を確かめに行ったんだ」

「ああ、遅く帰って来た日か……しっかし、誰から聞いたんだそいつ?」食後の茶が入った湯呑みをちゃぶ台に叩き付け、怒り混じりの息を吐く。「ここいらじゃもう誰も言ってねえから安心してたってのに」

「親父、やっぱあの店で働いてんの?」

「ああ。その殺人事件が起こる前からな」

 って事はあの蔵のオッサン達、親父の同僚か。

「お前、その事あいつに言ったのか?」

「誰に?」

「さっきまでここにいたオバハンだよ、決まってるだろ?―――そうか。くれぐれも言わないでくれよ」

「好き好んで喋る話題じゃないだろ、不謹慎だ」

「難しい言葉知ってるな。まだ十二歳なのに」

「本読んでりゃ普通だってんなの。仮にも三年連続図書委員だし」

 お陰で本棚の整理整頓はお手の物だ。知識はまだそれ程でもないが。柚芽の方がよっぽど博識だ。

「ふーん。俺が子供の頃より賢いな、お前」

 そう呟き、親父は感慨深げに義息の頭を撫でた。




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