三章 執行された正義
翌日。教室に入るなり、それまで一度も話した事の無い女子数人が俺へ寄ってきた。
「陶島君。昨日は大活躍だったそうじゃない」
「は?」
いきなり苗字を呼ばれて面食らう。活躍って何の事だ?
「しらばっくれなくていいよ」
「柚芽を助けてくれたんでしょ、あの不良から」
「今朝からクラスはその話題で持ち切りだよ。カッコいいなあ、陶島君」
奥の方では柚芽が、クラスメイト相手に何時に無い熱弁を振るっていた。昨日の放課後、餓鬼大将に捕まって街を連れ回された所を俺が助けたと言う、半分正解で半分出鱈目な内容だ。しかし普段嘘を言わず、しかも成績優秀な彼女の話を疑う者などいない。
バタンッ!ダダッ!!「境が職員室に引っ張られていったよ!」クラスの盛り上げ役の女子は興奮した様子で叫んだ。「絶対謹慎処分だって!!」「マジで!?」「覗きに行こうよ!!」
ザワザワザワ……波が引くように教室を出て行くクラスメイト達を遠巻きに見つめ、図書委員は俺を見て微笑んだ。
「お前、一体何したんだ?」
「朝一番に職員室へ行って、ありのままを担任に報告しただけよ。ほら、困った事があれば何時でも相談しに来なさいって、よく帰りのホームルームで言っているじゃない」
「でっち上げじゃないか。お前一回家に帰っただろ着替えに。何でそんな嘘」
バンッ!叩かれた机が厭な軋み音を立て、危うく真っ二つになりかける。
「庚が悪いんでしょ!?あんな社会のゴミを何時までもいい気でのさばらせて!私があいつに変な目で見られてても助けてくれなかったじゃない!」
「いや、だって俺じゃ到底敵わない」
ガンッ!!駄目だ、とても話し合いの出来る状況ではない。
「……御免」備品が壊されない内に素直に謝っておく事にした。「柚芽がそんなに苦しんでいるなんて、俺鈍いから知らなくて。本当悪かった」
「ふん、分かればいいの」冷笑を浮かべ、「邪魔者も片付いたし、これで安心して中等部に進めるわね」
「あ、ああ」
十二歳にしてこの怖さ……こいつだけは絶対敵に回さないようにしないと。
「そう言えば怪我の具合はどうだ?」
「え」
ポッ、頬に可愛らしい赤みが点る。
「う、うん……もう痛くないわ、平気。アイザさんの手当て、凄く上手だったから」
「アイザさんって、あの女の人の事?」
「そうよ。色々相談まで乗ってもらって。その意味ではあのゴミ屑に感謝してもいいわ」どうやら金輪際名前で呼ぶつもりは無いらしい。
「へえ、良かったな。内容はやっぱその……家族関係?」
すると柚芽は頬に両手を当て、何故か恥ずかしそうに視線を外した。
「え、ええ。それもあったわね」
「?」
「庚には関係無いでしょ、そんなの。人の秘密を聞きたがるなんて無粋よ」
(俺は重々知っているが)例の暴力衝動の件か?まあ彼女は大抵の異常事には動じなさそうだし、この様子だと良いアドバイスを貰えたようだ。深追いは止めておこう。
「そうだな。何にせよ柚芽が元気になって良かった」
偽らざる想いから胸を撫で下ろす。最近学校ではしょっちゅうイライラしていたので、こうして自然な笑顔を見られて純粋に嬉しい。
「そ、そう?ありがと……庚」
窓の向こうの空へ顔を背け、一応そろそろ授業の時間よ、席に着いて皆を待っていましょう、同級生はそう提案した。