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帰宅―Go home―



“rush”

焦ってる。敵の根城から脱出しようとしているんだもの、当然よね。


“to be sumert”

表面上はスマートに。欺くなら味方から。ま、味方なんていないんだけど。


“to be no name”

目立たないこと。これが私には一番の難題だわ。


 さて、カルロ家でイーサンに助けられて早一ヶ月。傷口は何とか動けるレベルになるまでくっついた。それでも引きつる様な痛みはあるわ。でも、おちおち休んでいられないのよ。だって、きっとミチルが心配しているし。私がいないとミチルの仕事量が増えてシェンがイライラしてそうだし。shit!(クソ) 面倒だけど、これも親友のためよ。脱出は今日決行しましょう。そう、イーサンが出かけているうちに、ね。

 やっぱり一番スムーズなのはメイドに変装することでしょう。でもその前に、私の愛用の二丁銃(ツインズ)を奪還しなくては。武器なしで脱出するとなると、何かあったときのリスクが高すぎる。ヒューとパーティに来る前、カルロ家の構造は下調べしておいたおかげでどこに何があるかは鮮明に記憶している。それにしても良かったー、頭にでも怪我してたら記憶が逝っちゃってたかもしれないしわ。ああ、その前に正体がばれた時点で死は確定しているわよね。

 不本意だけど、イーサンには助けてもらったので、置手紙をしておく。名前を書かない代わりに私のトレードマークである薔薇の便箋に薔薇の香水を振り掛けておけばわかると思うの。


GOOD BYBE.

Thank you for all your trouble in especial eating time.

(二度と会うことはないわ。食事はとても助かった、礼を言っておくわね)


 こんなところかしら。少々冷たいかも? まあ、いいわ。仮にも助けてもらった身ですけれど、元はと言えば敵同士ですもの。仮が出来てしまったから私の手ではイーサンを殺す事は出来なくなったけれどね。だから、ミチルが彼を片付けるまでは二度と会わないことにしましょう。それが一番良い。ああ、でもちょっとあのグリーンアイズが二度と見れないのは残念……って、私どうかしてるかしら。ビッチーは頭がおかしいから、優しくされたらすぐ男に懐くのよ。これだから嫌ね。

 我が愛しの二丁銃たちは、イーサンの部屋があるフロアの下の階の武具庫にしまわれている可能性が高い。まずはそこを当たってみましょう。パーティできていた私のドレスは切り裂かれたのと傷口を縫合する際に周辺の部分を切り取られたのでもうズタボロだったらしく、私が今持っているのは病人が着る服だけ。でも幸い、これがカルロ家では最も目立たない格好となる。なぜなら、カルロ家はそれ自体が病院のような施設で、外出許可の出ている病人が出歩いているからだ。途中までは順調だったのだけれど、エレベーターを使って降りようとしたら、カルロ家の人間と出くわしてしまった。

「君は……」

 どうしよう、この状況はヤバイかしら。私ってば無駄に目立つものね。とりあえずじっと見られたので微笑んでおく。

「新しく外出許可がでたのか」

 どうやら、カルロ家の人間は根っからの名医気質のようで、気さくに話しかけてくれたらしい。適当に相槌を打って話をあわせる。

「ええ、やっと傷が塞がりましたわ。先生方のおかげです」

 上品過ぎて寒気のする話し方だけど、貴族の患者を多く抱えるこの家ではこれが一番自然なのだから仕方ない。

「それはよかった」

 何カルロかしらないけど、その医師は満足そうにしていた。

「私はここで降ります。ごきげんよう、Doctor」

「おお、気をつけたまえ」

 何とかカルロ、いがいとちょろかったわ。よし、この調子ならいけるわね。エレベーターから武具庫へ向かう。周囲に気配なし。流石に、この服装でも武具庫に入ろうとしているところを見られるのはまずいもの。

 二丁銃は、武具庫の中に粗雑に投げ込まれていた。弾丸は抜かれているみたい。うーん、弾丸に薔薇が刻まれていないのは頂けないけれど、背に腹は変えられないわ。同じモデルの弾丸を発見したので、それをこめる。ミチルのように特殊なモデルではなく、ありふれたモデルにしておいてよかったのかも。ミチルの銃は特注のようなものだから、弾丸も特注なのよね。まあ、ミチルは優秀だから私のように敵の根城で大怪我したまま気絶するなんてヘマはしないのだけれど。いつでも撃てるようになった二丁銃を革製のベルトで両足に括り付け、準備完了。

 ここまでは割りと簡単なjobだったわ。でも、ここからは慎重に行かなくては。なぜなら、この寝衣は目立たないけれど、カルロの屋敷から出るには不便ですから。やはり、どこか大人しそうなメイドでも捕まえて身包み剥がすしかないようね。と、若いメイドを発見。彼女には悪いけれど、ターゲットになってもらいましょう。

「ああっ……!」

 苦しそうに胸を押さえて膝をつく。こういった屋敷なので、対応に慣れているのだろう。すぐに駆けつけてきた。確か、カルロ家のメイドは全員看護資格を持っているという話だったわ。

「大丈夫ですか!」

 にやり。卑しく微笑んでみせる。

「いただきます」

 あら、案外かわいい顔してる。唇に軽くキスをすると、驚いたように目を見開いてそのまま意識を消失したよう。さっきリップに即効性の睡眠薬を仕込んでおいたから効果は抜群ね。まちがって自分が飲み込んでしまうと危険なので、すぐにふき取った。

「うん、サイズぴったり」

 かわいそうなメイドは近くの部屋で私の寝る衣を着せて寝かせておいた。その後は、いとも容易く脱出した。帰宅手段はタクシー。もちろん、ヒュー家に請求をつけておいた。

 一ヶ月ぶりの我が家はやっぱり落ち着く。このままワインでも飲みたいところだけれど、まずは上司に挨拶に行かなくてはならないわよね。

「ただいま」

「おや、やはり生きてたんだね」

 語気がとげとげしい。シェン、ちょっと怒ってるわ。やっぱりミチルの仕事が増えたからかしら。

「ミチルの仕事が増えたのは謝るわ」

「ふん、当然だ」

「まあ、いいじゃない? こうして私も生きていたし、ミチルの仕事量も元通り」

「……今日はもう帰れ。僕は一人になりたい」

 あら。珍しくいじけてる。変な上司ね。ミチルと喧嘩でもしたのかしら。その夜はミチルから電話がかかってきた。

『ジャン! 生きていて良かったぁ……!!』

 やだ、かわいい子。声が震えてる、きっと泣いているわね。

「あなたには迷惑かけちゃったわね。仕事、増えたでしょう」

『そんなことどうだって良いよ! シェンを庇って大怪我したって言うから僕はてっきりもう……』

 やっぱり心配かけちゃってたようね。早く帰ってきて正解だったみたい。

「やだ、縁起が悪いわ。ふふ、私は不死身よ。それに、あなたの御願いも聞いてあげたじゃない」

『確かに、シェンを頼んだけど、命を危険に晒していいと言ってないよ!』

「だから、こうして生きているんじゃないの」

『シェンだって心配してたんだからな!』

 何だかおかしくなって笑ったら、更に怒られちゃったわ。よっぽど怖がらせちゃったのね。しかしまあ、天下の殺し屋ダスクが何言ってんだかよね。散々語ったあと、ふと訊ねられた。

『ところで、誰が手当てしてくれたの?』

 イーサン、とは何故か言えなかった。何となく、今は彼のことを思い出したくない。まあ、敵に助けられたんじゃあダサいものね。適当に誤魔化す。

「私の顔は広いのよ?」

 深夜にも関わらず、私たちは話し続けた。気がつくともう3時。ミチルは出勤時間だ。私も仕事を再開したいが、もうしばらく安静にするよう言い渡されている。

『あ、そろそろ出なきゃ』

「せっかく帰ったのにこのざまじゃあ申し訳ないわね」

『いや、一つの怪我が命取りだから。今はゆっくり休んで。僕は行くよ』

 通話はそこで途切れた。ミチルとの通話が切れた途端、ベルが鳴った。この音は外部からね。

「hello?」

 こんな朝方に誰かしら。

『俺だ。なんだあれ、ふざけてるのか』

 やだ、耳障りな声だわ。やだ、どうして心拍数が上昇してるのかしら。やだ、何でこの声が私の子機の番号を知っているのよ。

「どちらさまです?」

 名乗りもしない声の主に語りかける。あくまで、冷静によ。ええ、わかってるわ誰かなんて。

『はぐらかすな。なんだよ、GOOD BYEって。俺の治療はまだ終わってない』

 追いかけてはこないだろうって思ってた。ここまでしつこいやつだったとは。予想外よ。予想外すぎて、私ちょっと舞い上がってる。声が上ずりそうになるのをぐっとこらえた。

「私にはあなた以外の主治医がいるのよ」

『じゃあ今すぐ俺に変えろ』

 もう、嫌だ。強引なんだから。そう思いつつも、ちょっと泣きそうになっている自分がいる。ああ、ダメよ。

「イーサン!」

『あの傷見てたのは俺だ、俺に見せろ』

「嫌よ……」

 そういわれて否定するも、力ない言葉となる。

『もう玄関まで来てるんだ、入るぞ』

 ああいや。今入ってきちゃ嫌よ。だって、気づいてしまうわ。決して気づいてはいけない気持に気づいてしまう。

「ちょっと、何考えてるの、非常識よ!」

『こういうとき医者っていう身分は得でな』

 あなたはそうやっていつも簡単に壁を壊してくるのね。せっかく距離を置こうと思って作ったのに、もうなくなったじゃない。そうしてイーサンはいとも簡単に屋敷に入ってしまった。部屋のドアがノックされる。

「ちょっと、あなたイカレたヤローね! ここは敵の根城よ?」

「お前にいわれたくないさ。さっさと脱げ。診察時刻はとうに過ぎてる」

 そういって人のドレスをためらうことなく捲くりあげようとする。ああ、きっと私はイーサンにとって患者でしかないんだわ。ムカつくわね。

「脱げ」

「ちょっと、嫌よ!!」

 きっともう、医者モードに切り替わっているのでしょう。有無を言わせぬ目つきで見つめられる。そのグリーンアイズに真剣に覗き込まれながら命令されたらもう、従うしかないわけで。

「あ、ちょっと、やめ……weit! weitってば!!」

 いとも簡単に背中があらわになった。weit(まって)、ドレスだから尻まで丸見えなんて最悪じゃない!

「ああ、ったく無理しやがるからちょっと膿が出てきてる。まったく……」

 カルロ邸を出るときよりも少し痛みがましたそこにひんやりとした何かが触れ、とっさに声がでる。アルコール綿よ、わかってるわ。

「いっ……!」

「そそる声だな」

「うるさいわね」

 そうだった、この男は変態よ。全く、さっき屋敷に入ってきたときにちょっと嬉しいと思ってしまったけれど、間違いだったわ。

「ちょっとちょっと、そこは傷とは関係ないわ!!」

「あいかわらず良い尻だな」

 ドレスを捲くられ剥き出しのヒップにゾワリした感触が這う。

「ちょっと、あ、やだ、揉まないでよっ」

 いくら主治医でもやっていいことと悪いことがあると思うの。ドレスの上からならまだしも、今私完全に下着だけでしかもTバックなのよ! 

「変態! やめなさい、こらあ……」

 ゾクッと走った感覚に、語気が弱まる。

「おい、そう煽るな。本気で犯したくなるだろ」

 イーサンは困ったようにそう言うと、ようやく私の尻が開放される。どこまで本気かわかりやしないんだから。

「胸とかじゃなくて、尻が好きなんてほんとどうかしてるわ」

「胸も好きだぞ?」

 いや、その宣言求めてませんから。ところで、私は職業柄、入眠するときも肌身離さずに銃を足の付け根に装備しているの。今だってそう。これはちょっとチャンスだと思わない? 引き金を引いてすばやくイーサンのコメカミに当てる。

「私のhip(オシリ)は安くないのよ? チェリーボーイ、下半身のヤシの木が大事だったら今すぐ屋敷を出て行きなさいね?」

 そういって、銃口を下げてゆく。私いま、超絶カッコいいはずよ。不敵な笑みを貼り付ける。これで無敵ね。だけど、イーサンは余裕の笑みを浮かべている。これはちょっと、予想外ね。

「お前にできるのか?」

「な……!」

 ああ、もうこの男嫌。嫌い。大嫌い。何で私がちょっと泣きそうになっているのよ。手当てを受けながらの体勢だったから、イーサンに抱きたたえられるようにホールドされて、まるでそう、愛しいものに愛を確かめるような表情で聞かれたら、逃げ場も無くて。でも、まだだ。まだ今この気持が何か名づけるわけにはいかない。私はさっと表情を凍らせて自分を守る。

「いいえ、私は殺らなければならないの。これが私の仕事ですからね」

「俺なら楽にしてやれる」

「楽に? 何から? 意味がわからない!」

 打ち込んだ、そう思った瞬間激しく突き飛ばされ、照準がずれた弾丸は天井に捻じ込まれる。後頭部に強い衝撃。傷の部分に直接衝撃が無いように突き飛ばしたのでしょう、どこまでも憎い奴ね。視界がぶれて私はそのまま意識を飛ばした。


 



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