男の視点-another side-
――良い女だ。彼女が視界に入ったとき、はじめに浮かんだ印象がそれだった。同時に、彼女がまとう雰囲気や、顔付きで絶対に堅気の人間ではないと感じた。というか、真昼間から真っ赤なミニドレス着てりゃ誰だって気付く。あれはかの有名な殺し屋Twirightである、と。真昼間から堂々と街を歩くには彼女は聊か有名すぎたのだ。
ある日の昼。俺は気分転換に街へランチがてら、営業へ出向いていた。それはカルロ家が新しく開発した薬で、流行り病の特効薬だった。付き人たちには、俺ほどの身分のものがそんなことをしなくても、と言われたが俺は気分転換に街に出たかったのだ。大して努力せずとも薬は飛ぶように売れ、俺は余った時間をもてあまし気味だった。城のような自宅から下りてきたのはいいが、俺はあまり街遊びになれていなかったのである。そこに、彼女は現れた。丁度いい暇つぶしになる。そう思った。
俺の元へもヒュー家の刺客が来たか。お抱えのプロの暗殺者の噂は聞いていた。ヒュー家の財産の主であるワインの流通に無断で手を出したときから覚悟していた事態だから、別段驚きはしなかった。あの可憐な殺し屋は同時に名門ヒュー家のお嬢様だという事実は、実は一部の人間しか知りえない情報だ。むしろ、Duskの方じゃなくて運が良かった、そうも思った。あれが仕向けられていたとしたら、いくら俺でも殺られていただろうと、今にしてみれば思う。
それにしても以外に間抜けな奴なのか、それとも正体を隠すつもりがないのか。そのあまりにも目立ちすぎる存在には拍子抜けした。いや、意外と彼女は自分の存在感に気付いていないのかもしれなかった。彼女の周囲には付き人もいなれば、護衛もいない。あまりのらしくなさに、果たして彼女は本物なのだろうか? という疑問さえ浮かんでくる。
そのくらい、彼女――ヒュー家のお嬢様であり、ヒュー家お抱えの実力派殺し屋・Twiright――は隙が多かった。何しろ、本当に殺し屋か? と疑問を持たせるような仕草、表情、そしてあの見た目。それが逆に油断を誘うのかもしれないが、少なくとも俺は大丈夫。そう思って視界の端から逃さないように捕らえつつ、何事もないように振舞う。そうやって、半刻ほど時が過ぎた。どうやら彼女は直接は関わってこないタイプのようだ。影からこっそりとこちらが隙を見せるのを狙っている。だから、そんなに目立つんじゃあ意味がないってば。俺は、全く隙を見せずに彼女が焦っている様を面白がっていた。
しばらくすると彼女が腰を上げた。おお、遂に話しかけてくるか? 俺の胸は期待に膨らんでいた。あの殺し屋はどんな声で話すのだろう? どんな手口で俺を陥れようとするのだろうか?
「……トイレ!?」
しかし俺の予想とは裏腹に、彼女が向かったのは何とトイレだった。おいおい、良いのかよ。俺が店を出てしまうかもしれないというのに? そう考えたとたん、可笑しくて遂口元がゆるむ。トイレへ向かって小さくなっていく赤い背中。そして、形の良い尻がプリプリと揺れて消えた。
何だアイツは。もしかして俺がターゲットじゃないのか? いや、あれほどまでに熱い視線を送って来るんだ、きっと俺だよな? どうしようか。このまま消えてずらかるのが多分一番良い手だが……。何せ俺は退屈していた。――ちょっとからかってみるか。
今思えば、俺らしくもない冷静さを失った考えだが、そのときの俺はある意味彼女の魔性の魅力に取り憑かれていたのかもしれない。俺は、彼女が帰ってくるのを見計らって店を出た。狙い通り、彼女は尾行してきた。尾行の仕方はそれなりに様になっていて、俺が店の中で彼女の存在に気付いていなかったならば、全く気付かなかっただろう。つまり、一緒に店の中に入って着たのが彼女のミスだ。本当に、こいつは抜けてるんだか、そうじゃないんだか。まるで連れまわすかのように当ても無く街を散策して(もちろん付け寄る隙なんて与えない)、そろそろ飽きてきた頃に俺はまた一つ思いついた。
今なら倒せるんじゃないだろうか? お嬢様な彼女は普段あまり歩き回ったりしないのだろう。明らかに疲れが見え隠れしていた。幸い俺は、銃の扱いに心得がある。そろそろ鬼ごっこにも飽きた。彼女を生かしておいたところで、しつこく狙ってくるだろう。惜しい事だが、二度と俺なんかを襲えないように殺っちまおうか?
街の、それも路地が入り組んでいる道へ誘導するように進んだ。もちろん、付いてくる。彼女にしてみれば、またとないチャンスだ、もちろん全力で襲ってくるだろう。だがその前に先手を打てば良い。思えば浅はかな考えだが、俺は根拠のない自信に満ちていた。行き止まりになっている道の入り口となる角を曲がるとき、ベルトに装着されたホルスターに手を伸ばす。だんだんと、壁が迫ってきたところで彼女に背を向けて立ち尽くした。
背後で、人が動く気配がした。咄嗟に極限まで高めていた集中を解き放ち、振り向きざまに銃口を定める。そのまま引き金を引いた。BINGO、こりゃ絶対当たるぜ?
その時だった。驚いたような表情をした彼女は一瞬、真剣な顔つきになり――その姿は視界から消えた。あとには、壁とそれに捻じ込まれた弾丸の跡。俺は一瞬何が起こったのか全くわからなかった。
「ヒュ~、スリリングー! 危なかった。もう私のあそこはビッチョビチョよ?」
なんて下品な台詞だ。その声に導かれるように視線を下げると、どうやったらそんなに腰を落とせるんだというくらい低い体勢で彼女は生きていた。短いスカートから見え隠れする網タイツに心が奪われそうになりながらも、必死に冷静を装う。
「美人がそう言う下品なjokeを言うと萎えるな?」
冷笑を浮かべるがしかし、果たして冷笑に見えているだろうか? 俺は興奮していた。shit! ちょっと勃っちまいそうなくらいだ。改めて思う。――良い女だ。
「あぁら。ありがとミスター。グッと来る腕の持ち主ね?」
この時から既に俺は彼女の魔性に囚われていたのかもしれない。俺はあの時、確実に興奮していた。普段ならしない行動を沢山取った。それは、今だって。
寝ている彼女の栗色の髪に触れる。背中には痛々しい傷跡がある。これは直接ではないが、俺が付けてしまったものだ。いつでも処分できる。あの時はそう思って逃がした。だが、以外にもそれは不可能なのかもしれなかった。あの時、彼女が目の前で倒れたとき俺は絶望に似たものを感じた。今だって、傷跡を見るたびに痛々しい気持になる。
「起きろ、夕飯の時間だ」
「食べさせてくれるのね? なーんてね」
その挑戦的な微笑みを見ると何故だか困らせたくなってしまう。俺は貴婦人を相手にするときと同じ微笑みを浮かべる。
「あたりまえだろう。そこに座れ。まだ粥しか許可できない。どうした? この俺が直々に食わせてやるんだ。ありがたく思え」
「ちょっと、それ本気かしら……」