第一章「少女思うは過去と亡き両親」
コリンは船が嫌いだったし、海も嫌いだった。
悠然と広がる海は、少女を呑み込んでしまいそうな、そんな存在に見える。
船もいつ沈むか分からない…などと言っては船主に失礼だし要らぬ心配だろうが、コリンにとっては船とはそういうものなのだ。
彼女はもう少し幼い頃、生まれ故郷から船で強制退国させられている。
その恐怖心と、あまり思い出したくない暗い思い出が蘇ってくるのだろう。
船と言うものを怖がり、嫌う。
フレッドと出会ってから陸路しか旅したことが無く、安心しきっていたところで海路となった為、フレッドに対する怒りもひとしおだろう。
コリンは部屋でがたがた震えながら、泣いていた。
「あのさぁ…そろそろ泣くの止めたら?外出てみなよ、気持ち良いから。」
心配になって見に来たフィオが、彼女なりに元気付けようと試みる。
しかし、コリンはただ泣きじゃくるばかりだ。
「ヤだ…海…怖いもん…」
どうしたもんかなと頭をぽりぽり掻くフィオ。
コリンがこの一団に参入したのは一番最後。
フィオはその前。
他の面子に比べて、出会ってまだ日が経っていないのだ。
こういう時にはどう対処すれば良いのかフィオには分からない。
フレッドやカムイが落ち込んでいたら一発ブン殴れば良いのだが、コリン相手に其れは出来ない。
こういう時はそっとしておくのが一番じゃないかな、とカムイは言っていたが、その通りかも知れないと思った。
「どうしてそんなに怖がる必要があるのかなぁ…」
コリンの身にかつて何が起こったか知らないフィオは自分にしか聞こえないくらいの小さな声で呟くと、船室を出て行った。
外に連れ出そうとしてもテコでも動かないだろうし、外に出たからといって海に対する恐怖が消えるわけでもないだろう。
コリンの嗚咽を背に受けながら、フィオは甲板へと出て行った。
お父さん、お母さん…
コリンの頭にあるのは、自分の目の前で死した両親の事だった。
海を見ると思い出す、漂流していた地獄の日々。
食料は尽きて空腹に悶え、両親の死という衝撃的な場面を見てしまったショックで自棄になっていた海での生活。
波に流されるまま風に吹かれるまま進む船は一向に陸にたどり着かず、大波に転覆されそうになりながらも広大な海を流れつづけた。
明るさと元気印が取柄のコリンでも、その時ばかりは死を望んだ。
大好きなお父さんとお母さんのいる場所に行けたらと本気で思った。そんな、暗い記憶。
船を見る度、海を見る度に思い出されるのは、いつでも両親の事。
まだ幼いコリンは、海に対する恐怖と其れに伴う様々な記憶を離れさせる事が出来ないでいた。
船室で一人嗚咽を漏らす彼女は、もはや誰も近付けまいとする雰囲気と哀愁を背負っていた。
「あのさぁ、なんでコリンってああなの?」
甲板にはフレッドとカムイ、パールレインの姿が有った。
グラットンはコリンとは違う部屋で休養中である。
何でも、機工というものは錆に弱く、潮風を浴びすぎると彼の両腕両足が動かなくなってしまうという。
グラットンの四肢は、巨人族に伝わる太古の技術、機工技術によって作られた替物である。
よって、彼はあまり潮風に当たりたがらない。
とりあえず、まともに答えてくれそうなカムイに問うてみるフィオ。
カムイは話すのに少しだけ渋っていた。
「うーん…まぁ、フィオだけだしね、知らないのは。」
「話してやってくれ。俺はあんまりそういう話題には触れたくねぇんだ。」
フレッドも苦い顔。
どうして私だけ教えてくれないのよ、と抗議しようかと思ったが、二人の顔を見て言うのを止めた。
「アンタ、あの時大いびきかいて寝てたものね。」
フィオの心中を察したかのように、パールレインが言う。
流石に恥ずかしく、食って掛かろうかと思った。
「コリンはね…元居た国を強制的に追い出されたんだよ。其れも、両親を処刑されて。」
痛々しい表情で語るカムイ。
「強制的にって…理由は、まぁ、分かるけど…」
コリンが有翼人のハーフということは分かっている。
これまで色々な戦場で戦ってきた仲だし、彼女の能力などは知っている。
「コリンはずっと船で流されて、いつ着くとも知れない陸を探して彷徨いつづけてたんだ。海と船を怖がるのも、それじゃ無理もないと思うけどね、僕は。」
「…そうだったんだ。」
何だか悪い気がしてくる。コリンが何を思っているのか容易に想像がつく。
「そういうわけでさ、流石に俺としても今回の旅はちょっと気が引けたんだよな。」
隣のフレッドが言った。
「でも、もう先の大陸は大体の土地も国も回っちまったからな。コリンに少しでも海に慣れてほしいってのも有るし。」
言い訳じみた言葉に顔をしかめつつ、ぽりぽりと頭を掻く。
「あの子はまだ幼いもの。我慢しろって言われてすぐに慣れるようなものでもないでしょ?」
言われてフレッドは更に眉間の皺を深くした。
「…まぁ、船が陸に着くまでの辛抱だね。それからちゃんと謝ったり、色々と話をすれば良いさ。」
喧嘩をされてはかなわないのでカムイが執り成した。
フィオは其れ以上訊く気も起きず、グラットンでもからかってやろうかと船室へと引っ込む。
コリンの部屋…もとい、コリンとパールレインとフィオの部屋の前を通ったとき、未だ止まずに聞こえてくる啜り泣きに心を傷めつつ、長く尖った耳を押さえながら急いで横切った。
フィオもまだ幼いのだ。
彼女もかつて妖精の仲間の元を去ったとき、寂しくて悲しくて涙を流したのだ。その事を思い出してしまう。
コリンの気持ちは少し分かる気がする、と思いつつも何もしてやれない自分が悲しかった。
三作品同時は流石に初めて。ただ、随分と多くの人に読んで貰った作品なので、気合いで更新していきます。続きを書けと言った我が友人に、今度なんかのカタチでナンかやりますかね…(・ω・)