この部屋いるかも
2011/10/21改稿。
働きたくないからという理由で大学に入学をし、バイトと仕送りで生活をしながらも何事も無い平凡な日常を過ごしていた夏の出来事である。
今日は友人の家で引越し祝いをする日だ。外を歩けば蝉などの虫達の声が暑さを感じさせ、焼けるような日差しが袋の中のお酒に汗をかかせる。僕達三人は軽く汗ばみながらもようやく友人が引越しをしたマンションに到着することが出来た。
「『ピンポーン』酒持ってきたぞ!」
「はぁーい」
チャイムを鳴らすと友人が――まだ引越し作業の途中だったのか――頭にタオルを巻いたまま扉を開けた。
友人はそのまま僕達三人を部屋に招きいれた。
「引越しお疲れ」「酒持ってきたからさっそく飲みまくろうぜ!」
僕よりも先に入室した二人のカップルはお酒を飲むのを楽しみにしていたかのように、挨拶をほどほどにしながら靴を脱ぎ部屋に入りこんだ。僕も二人に釣られてお酒が入った袋を持ったまま入室する。
予想通り引越し作業の途中だったのか、開けられたダンボールが部屋のあちこちに置かれていた。
僕達四人は部屋に入った後早速お酒を飲み、少し酔いながらも談笑していた。
その風景はいつもの飲み会の雰囲気と変わらず、いつも通りの平凡の日常であり、大学にいる間はこの関係が続くものだと僕は信じていた……
深夜十二時時も過ぎ、もうぼちぼちお開きかと思ったころ友人の彼女の顔が真っ青で気分が悪そうに見えた。そんな彼女の様子に彼氏も気が付いたのか「飲みすぎたか?」と心配そうに聞いている。
彼女は大丈夫と一言言うと深刻そうに彼氏に向かって喋りだした。
「1時間前からずっーと女の人の声が聞こえるの、でも皆には聞こえてないみたいで少し恐くなったの、この部屋いるかも……」
「冗談言ってぇ~、飲みすぎなんだよお前は」
慌てて彼氏が彼女の言ったことを流そうと必死になっていた。
僕はそんな様子を見て「またかよ」と思った。
この子は前も僕の家でこう抜かしやがった。彼氏には悪いが僕はこの子が嫌いだ。もしそれが真実であっても誰も得をしない事を言うべきではないと思う。前回は自分の事だったので笑って我慢したのだが、自分の家でもしこんな事を言われたら気分が悪くなるのは当然だと思う。
「またぁー冗談言ってぇ、もうそろそろ時間だし帰ろうぜ!」
僕は彼氏では無いしお人好しでもないがこの雰囲気に耐えられず、悪い空気を払拭するためにフォローをしたのだが……。
「嫌がらせかよ! 俺がお前に何か悪いことでもしたのかよ!? もういい出てけ!」
(自分の家に霊的な存在がいるとか言われたら怒るのは当然だな)
その後、僕達三人は友人に追い出されるように部屋をあとにした。
あれから1ヶ月経ち、あの事もあったせいで僕達はお互いにぎくしゃくしながら日常を生活していた。そんな時に友人から久々に飲みに行こうと誘われた。断る理由も無いので僕は誘いに応じた。
夕方になり待ち合わせ場所である居酒屋に入ると隅の席から友人が手を振りながら「おーい、こっちだ!」と声高々に呼ばれた。どうやら少し飲んでいたみたいで、少し出来上がっているようだ……。
僕はとりあえず椅子に腰を下ろして店員にビールを注文した。
店員が居なくなって隼人が深刻そうに僕に向かって喋りだした。
「この前さあの子が俺の家で『この部屋いるかも』とか言ったの覚えてる?」
「あぁあれか気にするなよ、僕の家でも言ってたからアイツ。お前がキレたのはちょっとビックリしたけどさぁ」
「真面目な話なんだけど、実は俺も聞こえてたんだよ女の声が引越し初日から……俺はそういうお化けとか信じたくなかったから思わずあの子に怒鳴っちゃたんだよ」
「その話、本当!?」
「冗談と言いたいけど本当なんだ。しかもこの話には続きがあって最近では姿が見えるんだよ! しかもそれだけじゃない! 夜中に物音はするわ、金縛りにあうわ、もう嫌になるよ……」
友人が深刻そう言うと空気の読めない店員がビールを持って来た。僕はグラスを手に取り、嫌な空気を払拭するかのように冷えたビールを外の外気で火照った体に流し込んだ。
三分間の沈黙後、僕は耐え切れなくなり口を開けた。
「またぁ幻覚とか幻聴の類じゃないの~、もしそれが事実だったら引越せばいいじゃん!」
「出来るなら俺もしてるよ」
「何で出来ないんだよ! お前の家って親が家賃払ってるんだろ?」
友人は僕の言葉を聞いて小さくため息をつくと呆れた顔をしながら喋りだした。
「お前さぁ……親に言えるか『家に幽霊が出るから引越しさせて』って」
「言えないな……」
「そうだろ! 実は今日はお前に頼みがあって誘ったんだ」
「幽霊が出るから、家に泊めてくれとか言うんじゃないんだろうな?」
「…………お前がこの話を信じてくれなくても構わない。ただ俺はあの部屋に居たくないないんだ! たのむ、お前の家に大学卒業まで住ませて欲しい」
「別にいいけど、家賃は取るぞ」
「ありがとう、感謝する」
僕の家に住むことになった友人と僕は、友人の荷物を取りに例の幽霊が出る部屋に入った。
「まじで出るのかよ? 雰囲気的に普通なような気がするけど」
霊の存在をまったく信じていないので僕が見る友人の部屋は普通にしか見えなかった。
「たしかに今は何とも無いけど、俺が一人の時は毎日のようにあいつがいるんだ……」
僕達二人は会話ほどほどにして、荷物を簡単にまとめ僕の家に向かうことにした――
「お前の家って久しぶりだな」
「狭いけど文句は言うなよ、いつでも追い出せる事もしっかりと忘れるなよ」
「分かってるよ、本当に助かる」
玄関の扉を開けて電気をつけ、友人を呼ぶ。
「入って」
友人に入ってと呼びかけても友人は一歩も動こうとしなかった。
「どうしたんだよ! 早く入れよ、虫が入ってくるだろ」
友人は玄関に立ったまま、何かに怯えていた。
「なっ、何で……何でお前がここにいるんだよぉぉ!」
そう言って友人は玄関に荷物を置いたまま、走って何処かに行ってしまった。
僕(主人公)の家には誰がいたのでしょうか……