第4話 舞い降りる白刃
「ぁ…………?」
掠れた声が、喉の奥からこぼれ落ちる。
一瞬ののちに迫った死は、いまだやってこない。
それはどうやら――眼前の「何か」によって、吹き飛ばされたかのようだった。
「――よかった、間に合ったぁ!」
そんな言葉が、鈴のなるような声で紡がれる。
舞い降りたそれがくるりと振り向くと――そこには、こちらへ向けて笑みを浮かべる「少女」がいた。
さらりと流れる白銀色の髪と、長く伸びた前髪から片方だけ垣間見える青い瞳。
凛とした眼差しとは裏腹に、柔らかな丸みを帯びた輪郭が描く顔立ちは、あどけなさを色濃く残している。耳朶を叩いた声の涼やかな音色も相まって、その風貌はどこか神秘的ですらあった。
――だが、そんな可憐な容姿以上に目を引いたのは、彼女の全身を仰々しく鎧っている「機械」の存在だ。
装甲に覆われて肥大化した脚部に、腰裏から伸びる噴出口のついた翼のような装置。
背に負った機械仕掛けの背嚢には折り畳まれたアームが繋がっており、その先では大きなユニットがその存在感を主張している。
あえてそれを形容するなら、「少女が機械を纏っている」――というより、「少女と機械が繋ぎ合わせられている」とでも言うべきだろうか。
そんな異様な姿を持つ少女が、今まさに俺の目の前に立っていた。
「ねぇあなた、ケガはなさそう? どこか動かせないところとかある?」
呆気に取られていると、機械仕掛けの少女がこちらを覗き込んでくる。その表情は、何処か不安げだ。
「え……あ、うん。大丈夫。なんとか、動けると思う」
「そっか、よかった。――いろいろ聞きたいことはあるけど、とりあえずそこで待っててねー。アレを放ってお喋りは、さすがのわたしにもできなさそうだから」
少女の言葉に視界を巡らせれば、つい数瞬前まで俺の目前に迫っていた異形は、はるか向こうへ吹き飛ばされているのが見える。
今まさに身を起こしたらしい異形は、花弁のような口から獰猛な唸り声をあげ、こちらを――正確には、自分を吹き飛ばした存在である銀髪の少女を睨んでいた。
「んー……やっぱり初手で斬ったほうが良かったなぁ。慌てて蹴り飛ばしちゃったのは失敗だったかも?」
先ほどの雄叫びとは打って変わって、間延びした声で少女がぼやく。
――振り返った時には気づかなかったが、よく見れば、少女の手には「刀」が握られていた。
反りのあるシルエットは間違いなく刀のそれだが、光を反射しない刀身は滑らかな黒に染め抜かれており、刃の部分は少女の瞳と同じ青に発光している。その風貌は、まさしく「SF作品に登場する未来のカタナ」そのものだった。
「キシャアアァァァァッ!!」
鋭く吼えた異形が、地面を蹴立ててこちらへ迫ってくる。
逃げなければ、と訴える本能が体を動かすその直前。ヒュ、と風切り音を鳴らして、銀髪の少女が手中のカタナを構えてみせた。
直後、少女の腰から伸びた機械仕掛けの翼に、まばゆく火が灯る。
噴出口から噴き上がった青白い炎は、その勢いを加速力へと変換。莫大な推進力をもって、少女の身体を前へと突き飛ばす。
「一刀――りょうだーん!!」
どこかのんびりとした雄叫びと共に、少女と異形が交錯。
一瞬の静寂を経て――崩れ落ちたのは、異形の方だった。
「凄い……」
あまりにも、あっけない幕切れ。
だが、それを成すことの難しさを骨身に沁みていた俺の口からは、ただ感嘆の声が漏れた。
「おまたせ〜。こっちのお仕事は終わったよー」
剣戟と共に飛翔した銀髪の少女が、推進器を吹かしながらゆっくりと目の前へ降下してくる。
機械と金属が奏でる重たい足音に反して、片目を隠した少女がこちらへ向けるのは、柔和で軽やかな笑顔。
その人間らしいふるまいが、俺がここに至るまでずっと抱いていた緊張感を、優しくほぐしてくれるような、そんな気がした。
「……たすかった、のか」
それだけ呟くと、へなりと膝から崩れ落ちる。
もう一度立ち上がろうとするのだが、膝が笑って力が入らない。どうやら、命の危機を脱したことで、完全に緊張の糸が切れてしまったらしかった。
「わっ、大丈夫? ……んや、そんなわけないか。〈ガイソウ〉も無しでこんなところを歩いてるなんて、ワケありじゃないほうがおかしいもんねー」
その場にへたり込んだ俺を見て慌てる少女だったが、すぐに納得するとこちらへ向けて手を差し伸べてくれる。
仰々しい機械で覆われた脚や背中に反して、差し伸べられた手はその容姿相応に小さく、細く、しかしこれ以上ないほどに頼もしかった。
「この近くに輸送機を降ろしてくれるみたいだから、まずはそこに行こっか。積もる話は、あなたが落ち着いてからね」
「そう、だな。お言葉に甘えさせてもらうよ。……えぇっと、なんて呼べば?」
引っ張り上げてもらいながら、ふと疑問に思ったことを問う。
「んー? ……あ、そういえばまだ名前も知らないんだっけ。忘れてたや」
少女は一瞬きょとんとした顔を浮かべたが、すぐにはっとした表情を見せると、ややわざとらしい咳ばらいを挟んでから口を開いた。
「わたしは〈スイ〉だよー。呼びやすい感じで呼んでくれると嬉しいな」
「スイ……綺麗な名前だな。俺は千尋。こっちも、好きに呼んでくれると嬉しい」
「おっけー。じゃあ……チヒロちゃんでいいかな?」
スイ、と名乗った少女の口から飛び出した「ちゃん」付けに、わずかばかり身体が硬直する。
そうだ。いろいろなことが一気に起きすぎて完全に失念していたが、今の俺の姿はどこからどう見ても少女のそれなのだ。
目の前のスイと同年代と言っても通じそうな姿になってしまった原因を探るために外へ出たのが、ここにいる理由だったはず。
だというのに、出てくるものと言えば崩壊した世界に異形の怪物、果ては機械を纏った可憐な少女。いつの間にかとんでもない展開に発展しつつあることは、深く考えずとも察することができた。
「チヒロちゃーん、大丈夫? まだ調子悪そう?」
混沌とした状況に思わず眉間を抑えていると、心配そうなスイの声が聞こえてくる。
「いや、大丈夫。ここに来るまでいろいろあって、まだ頭が追いついてないだけだよ」
「そっか、大変だったんだね。もう心配しなくていいから、まずは落ち着ける場所に行こう?」
「そうだな、そうしよう。――改めて、助けてくれてありがとう、スイ」
改まって礼を伝えると、スイと名乗った機械仕掛けの少女は、「どういたしまして~」と、気の抜けるような口調で返答してくれた。




