第八話 世界が求める答え
観測点の光は、夜よりも静かだった。
強くもない。
眩しくもない。
ただ、消えない。
「……ずっと、見てる」
僕がそう言うと、
リュシアは小さく頷いた。
「うん」
「もう、逸らせない」
胸の奥で、鈴が鳴らなかった。
それが、逆に不安だった。
⸻
観測点の前に立つと、
言葉が、音ではなく“意味”として流れ込んでくる。
――この存在は、逸脱している。
――だが、排除する理由はまだない。
息を呑む。
「……評価、されてる?」
リュシアは、少しだけ目を伏せた。
「判断の前段階」
「世界は、いつもそう」
観測点の光が、わずかに脈打つ。
――選択は、未完了。
――役割は、空席。
「……役割?」
思わず、口に出した。
その瞬間、
光が一段、強くなる。
リュシアが、一歩下がった。
それだけで、
胸がざわつく。
「……リュシア?」
「ごめん」
小さな声。
「ここから先は、
私が近くにいすぎると……」
言葉を、濁す。
それが、答えだった。
⸻
――世界は、均衡を求める。
――均衡は、選択の集積で保たれる。
意味が、重なる。
頭が、熱を持つ。
「……何を、求めてる」
問いは、
世界に向けたものだった。
少しの沈黙。
そして、はっきりと流れ込む。
――観測者。
――名を持たぬまま、歩ける者。
胸が、強く鳴った。
「……それは」
声が、震える。
「僕、なのか?」
観測点は、答えない。
代わりに、
別の意味が重なる。
――拒否は、可能。
――ただし、代替は保証されない。
喉が、乾く。
「……断れる」
「うん」
リュシアが、静かに言う。
「でも」
視線を、逸らしたまま続ける。
「世界は、
“あなた以外”を、
探さないかもしれない」
その言葉が、
胸に深く刺さった。
⸻
遠くで、
かすかな歪みが生まれる。
留まった人の影。
消えた存在の余白。
さっき見た光景が、
頭をよぎる。
「……観測者って」
言葉を選びながら、聞く。
「何を、する?」
リュシアは、少しだけ考えてから答えた。
「選択を、記録する」
「介入は、できない」
「でも」
一拍、置いて。
「“見なかったこと”には、できない」
胸が、静かに熱を持つ。
それは、
命令じゃない。
強制でもない。
ただの、提示。
「……ずるいな」
思わず、笑ってしまった。
「選ばせないって顔で、
選ばせにきてる」
観測点の光が、
ほんの一瞬、揺れた。
――理解を確認。
その冷たさが、
逆に現実だった。
⸻
「……ねえ」
僕は、リュシアを見る。
「君は、これを知ってた?」
彼女は、首を振った。
「予感は、あった」
「でも」
少しだけ、苦しそうに笑う。
「あなたが、
ここまで来るとは思ってなかった」
胸の奥で、
鈴が鳴った。
――ちりん。
弱く、でも確かに。
「……答えは」
僕は、観測点を見る。
「今、出さなくていい?」
少しの沈黙。
そして、流れ込む。
――猶予、許可。
――ただし、観測は継続。
肩の力が、
わずかに抜けた。
「……考えさせてくれ」
観測点は、
光を弱めた。
消えはしない。
ただ、
待つ。
⸻
境界を離れながら、
リュシアが小さく言う。
「ねえ」
「……うん」
「もし、断っても」
「私は、あなたを否定しない」
その言葉が、
何より重かった。
「……でも?」
彼女は、答えない。
ただ、
夜でも昼でもない空を見る。
世界は、
すでに一つの問いを置いた。
そして僕は、
その問いを
引き受ける位置に立っている。
答えは、まだだ。
でも――
無視することだけは、
もう、できない。




