第六話 世界が、こちらを見る
境界は、確かに変わっていた。
昼でも夜でもない、
あの曖昧な空気が、
どこか張り詰めている。
「……静かすぎないか?」
僕がそう言うと、
リュシアは歩みを緩めた。
「うん」
短く、でもはっきり。
「世界が、気づき始めてる」
胸が、少しだけ重くなる。
「……何に?」
「あなたに」
足が、思わず止まった。
「僕に?」
「正確には」
彼女は、こちらを見る。
「“戻らなかった選択”に」
境界の空気が、
ほんのわずかに震えた。
風でも、音でもない。
視線のようなもの。
「……見られてる?」
「うん」
リュシアは、否定しなかった。
「境界は、
人を選ばない場所だった」
歩きながら、続ける。
「でもね、例外がある」
胸が、嫌な予感でざわつく。
「……例外?」
「“戻らなかった人”」
遠くで、
光が一つ、揺れた。
さっきまで、
なかったはずの光だ。
「……あれは?」
「観測点」
「世界が、
あなたの選択を
どう扱うか、決めるための」
思わず、息を呑む。
「……決める?」
「うん」
リュシアは、少し困ったように笑った。
「ここから先は、
“ただ迷い込んだ人”じゃない」
「……じゃあ、何になる?」
少しの沈黙。
境界の空気が、
ぴんと張る。
「試される人」
その言葉は、
はっきりと胸に落ちた。
⸻
観測点に近づくにつれ、
音が戻ってきた。
微かな足音。
遠くの話し声。
でも、それは人の声じゃない。
意味だけが、
頭の中に流れ込んでくる。
――この選択は、必要か。
――この存在は、残すべきか。
「……聞こえる」
僕が言うと、
リュシアは一瞬だけ目を伏せた。
「聞こえ始めたなら……」
「……なら?」
「もう、引き返せない」
胸が、強く鳴る。
怖さよりも、
奇妙な納得があった。
「……僕が、
ここに立った意味は?」
問いは、
世界に向けたものだった。
リュシアは、
静かに答える。
「まだ、意味はない」
「……え?」
「意味はね」
一歩、こちらに近づく。
「与えられるものじゃない」
胸に、
指先が軽く触れる。
「選び続けた結果、
名前と一緒に、
後から追いついてくるもの」
観測点の光が、
わずかに強まった。
鈴の音が、
今までで一番低く鳴る。
――ちりん。
それは、
歓迎ではない。
拒絶でもない。
ただの確認。
「……ねえ」
リュシアが、
小さく言う。
「怖い?」
少し考えてから、
正直に答えた。
「……怖い」
「それでも?」
胸の奥で、
何かが、静かに定まる。
「それでも、
戻らない」
光が、
一瞬だけ強く瞬いた。
境界が、
はっきりと“こちらを見た”。




