第五話 名を持たぬまま
円の光が、ゆっくりと消えていく。
境界の夜は、
さっきよりも静かだった。
「……何も起きないな」
思わず、そう言うと、
リュシアは首を振った。
「起きてるよ」
「……え?」
「あなたが、
“戻らない人”になった」
胸の奥が、
小さく軋む。
「でも……」
足元を見る。
「名前は、呼ばれてない」
リュシアは、少し困ったように笑った。
「まだ、だから」
「まだ?」
「うん」
歩き出しながら、言う。
「名前は、
覚悟と一緒に来る」
境界の景色が、
少しずつ変わり始めていた。
遠くに、
光の点が増えていく。
「……あれは?」
「他の人たち」
「選択の途中の人」
胸が、ざわつく。
「……僕以外にも?」
「いるよ」
リュシアは、淡々と答える。
「多くはないけど」
光の点の一つが、
ふっと消えた。
「……今のは」
「戻った人」
声は、静かだ。
「選ばなかった人」
胸が、締めつけられる。
「……後悔、する?」
「する人もいる」
「しない人もいる」
少しだけ、間を置いて。
「でもね」
リュシアは、こちらを見る。
「後悔しなかった人ほど、
ここには戻ってこない」
その意味を、
すぐに理解してしまった。
「……忘れるから?」
「うん」
夜の境界に、
小さな風が吹く。
「だから」
リュシアは、静かに言った。
「あなたは、
まだ名前を持たない」
「忘れないと、
決めた人だから」
胸の奥で、
鈴が鳴った。
――ちりん。
それは、
問いの音だった。




