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第四話 選択の音

 境界の夜は、静かだった。


 だが、その静けさは

 耳を澄ませるほど、重くなる。


 広場の中心。


 石畳に刻まれた円が、

 淡く光っている。


 「……音がする」


 僕がそう言うと、

 リュシアは頷いた。


 「聞こえるようになったんだね」


 胸の奥で、

 鈴の音が鳴る。


 ――ちりん。


 逃げ道を示す音。


 でも、それだけじゃない。


 足元の円が、

 わずかに形を変えた。


 円は、完全ではない。


 どこかが欠け、

 どこかが歪んでいる。


 「……綺麗じゃないな」


 思わず口にすると、

 リュシアは小さく笑った。


 「選択は、いつもそう」


 「綺麗な円じゃない」


 彼女は、円の縁に指先を置く。


 「完璧な選択なんて、ない」


 胸が、強く鳴る。


 ――ちりん。


 今度の音は、

 少し低い。


 「……これを踏み越えたら」


 僕は、喉を鳴らす。


 「戻れない?」


 リュシアは、即答しなかった。


 少しだけ、

 本当に少しだけ考えてから言う。


 「戻れるよ」


 胸が、わずかに緩む。


 「ただし」


 続く言葉で、

 その緩みは消えた。


 「“戻った自分”が、

 今の自分を忘れる」


 石畳を見つめる。


 「……それって」


 「そう」


 彼女は、静かに言う。


 「ここに立ったことも、

 私に会ったことも、

 全部」


 夜が、

 少しだけ深くなる。


 「……それでも」


 僕は、一歩前に出た。


 円の中に、

 足がかかる。


 胸の高鳴りが、

 はっきりとした音に変わる。


 ――ちりん。


 「忘れて生きるより」


 言葉が、自然に出ていた。


 「覚えて後悔する方が、

 まだ、選んだって言える気がする」


 リュシアの目が、

 わずかに揺れた。


 「……それが、あなたの答え?」


 「……ああ」


 円の内側に、

 完全に足を踏み入れる。


 光が、

 足元から広がる。


 「まだ、名前は呼ばれない」


 リュシアが言う。


 「でも」


 一歩、近づく。


 「あなたはもう、

 戻る人じゃない」


 鈴の音が、

 強く、はっきり鳴った。


 ――ちりん。


 それは、

 選択が“始まった音”だった。


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