第十九話 距離の取り方
外縁を進むにつれて、
世界の輪郭は少しずつ確かになっていった。
石畳は、
ただの感触ではなく「道」になり、
空は色ではなく「高さ」を持ち始める。
「……前より、
現実っぽいな」
僕がそう言うと、
リュシアは小さく笑った。
「そう感じるなら、
もう戻りきれない」
その言い方は、
脅しでも忠告でもなかった。
事実の共有、
ただそれだけ。
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遠くに、
人の気配がある。
声は聞こえない。
姿も、はっきりしない。
でも、
“誰かがいる”。
胸の奥が、
わずかに高鳴る。
「……行ってみる?」
問いは、
軽く投げたつもりだった。
リュシアは、
すぐには答えない。
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「距離を、
どう取るか」
代わりに、
そう言った。
「近づけば、
関係が生まれる」
「離れれば、
何も始まらない」
足を止めて、
こちらを見る。
「どちらも、
選択」
胸が、
静かに鳴る。
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「……近づかない、
って選択も?」
僕が聞くと、
リュシアは頷いた。
「うん」
「でも」
一拍、置く。
「それは、
守るための距離」
「怖いからじゃない」
その言葉が、
胸に残る。
⸻
人の気配が、
少しだけ強くなる。
声にならないざわめき。
生活の匂い。
「……会ったら」
言葉を選ぶ。
「もう、
ただの夢じゃなくなる?」
リュシアは、
ゆっくり頷いた。
「名前が交われば、
現実になる」
胸の奥で、
鈴が鳴った。
――ちりん。
それは、
節目を知らせる音だった。
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「……なら」
僕は、
一歩だけ前に出る。
でも、
走らない。
「今は、
少し離れたままでいい」
リュシアの目が、
僅かに揺れる。
「……どうして?」
「まだ」
正直に言う。
「自分の立ち位置が、
分かってない」
「ここにいる理由も、
完全じゃない」
⸻
人の気配は、
遠ざからなかった。
近づきもしない。
ちょうどいい距離で、
並走する。
「……それでいい」
リュシアは、
そう言った。
「距離を選べるようになったら」
視線を前に戻す。
「もう、
夢に引きずられてない」
胸の奥が、
少しだけ温かくなる。
⸻
外縁の向こうに、
はっきりとした道が見え始めた。
分かれ道。
行き先は、複数。
「……次は」
僕が言いかけると、
リュシアは静かに続ける。
「名前のある世界」
その言葉に、
胸が高鳴る。
怖さと、
期待が混じる。
⸻
人の気配は、
もう“可能性”ではない。
確かに、
そこに生きている誰か。
「……行こう」
小さな声だった。
それでも、
自分の意思だった。
リュシアは、
隣に並ぶ。
近すぎず、
遠すぎず。
選び続けられる距離で。
⸻
夢は、
まだ終わっていない。
でも。
現実のように触れられる場所が、
確かに、
すぐそこまで来ていた。




