第十五話 理由を探す場所
待合室の線は、まだ消えていなかった。
むしろ、
少しだけはっきりしている。
「……ここに、
答えはないな」
僕がそう言うと、
リュシアは小さく頷いた。
「うん」
否定はしない。
⸻
線の先を見ようとしても、
遠くまでは見えない。
霧のようなものが、
境界の奥に溜まっている。
「……行き先は?」
問いに、
すぐ答えは返らなかった。
それが、
かえって自然だった。
「決まってない」
リュシアは、
静かに言う。
「理由を探す場所は、
世界が用意するものじゃない」
胸の奥が、
ゆっくりと鳴る。
⸻
「……じゃあ」
僕は、
足元の線を見る。
「自分で、
選ぶしかない?」
「うん」
「選び続ける」
その言葉は、
重くもあり、
不思議と軽くもあった。
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線の一つが、
わずかに揺れる。
鈴の音が、
重なる。
――ちりん。
それは、
急かす音じゃない。
「……ここ」
思わず、
声に出していた。
理由は、
分からない。
でも、
体が先に反応した。
リュシアが、
こちらを見る。
「……どうして?」
僕は、
少し考えてから答える。
「分からない」
正直な言葉だった。
「でも」
一拍、置く。
「分からないまま、
立ち止まるのは
もう違う気がする」
リュシアは、
何も言わなかった。
ただ、
少しだけ距離を取る。
⸻
線に、
足をかける。
待合室の景色が、
わずかに歪む。
「……戻れなくなる?」
念のため、聞いた。
リュシアは、
首を横に振る。
「戻れる」
「でも」
一歩、
さらに距離を取る。
「同じ問いは、
持てなくなる」
その言葉が、
胸に残る。
⸻
「……それでいい」
自分でも、
驚くほど落ち着いた声だった。
線の先に、
足を踏み出す。
鈴の音が、
少し高く鳴る。
――ちりん。
待合室の空気が、
ゆっくりと剥がれていく。
⸻
境界の景色が、
変わり始めた。
空の色が、
ほんのわずかに濃くなる。
遠くに、
何かの輪郭が見える。
「……ここは」
言いかけて、
言葉を止める。
名前を付けるのは、
まだ早い。
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「ねえ」
リュシアが、
小さく言う。
「理由は、
きっと後から来る」
振り返ると、
彼女は微笑んでいた。
「選んだあとに、
追いつくものだから」
胸の奥で、
鈴が鳴る。
――ちりん。
それは、
肯定でも祝福でもない。
進行を許可する音だった。
⸻
待合室は、
もう背後にない。
振り返っても、
同じ景色は見えない。
理由は、
まだ手の中にない。
それでも。
探しに行く場所は、
確かに、選んだ。




