表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

第十四話 踏み出すための条件

 待合室は、さらに静かになっていた。


 音が減ったわけじゃない。

 むしろ、よく聞こえる。


 自分の呼吸。

 足音。

 思考が動く気配。


 「……準備時間って」


 僕は、小さく呟く。


 「考えるためだけじゃ、

 ないんだよな」


 リュシアは、すぐには答えなかった。



 待合室の縁に、

 薄い線が浮かび上がる。


 境界のどこかと、

 つながっている痕跡。


 「……あれは?」


 僕が指さすと、

 リュシアは一歩だけ近づいた。


 「条件」


 短い答え。


 「世界が、

 あなたに出している」


 胸の奥が、

 静かに鳴る。



 線は、一本じゃなかった。


 いくつも重なり、

 絡み合い、

 どこへ続いているのか分からない。


 「……道?」


 「可能性」


 リュシアは、淡々と言う。


 「選択の、

 分岐点」


 あのとき出会った存在。

 待合室の住人。

 消えていった輪郭。


 それぞれが、

 違う線の先にあった。



 「……踏み出せば」


 言葉を選ぶ。


 「全部、

 見なきゃいけない?」


 リュシアは、

 首を横に振った。


 「全部は、無理」


 「観測者でも?」


 「観測者でも」


 その答えは、

 妙に救いだった。



 「……じゃあ」


 僕は、

 線の一つを見る。


 かすかに、

 鈴の音が重なる。


 ――ちりん。


 「選ぶ条件って、

 何だ?」


 観測点は、

 すぐには反応しなかった。


 代わりに、

 意味が、少しずつ流れ込む。


 ――視認。

 ――拒否の自覚。


 胸が、

 静かに締まる。


 「……見えること」


 「……拒否できること」


 言葉にすると、

 重さが分かる。



 「……責任、だな」


 思わず、

 本音が漏れた。


 リュシアは、

 初めて、はっきり頷いた。


 「うん」


 「踏み出すっていうのは」


 少しだけ、

 声を落とす。


 「選ばなかった線も、

 自分のものだと

 引き受けること」


 胸の奥で、

 鈴が鳴る。


 ――ちりん。


 それは、

 肯定に近い音だった。



 「……条件は、分かった」


 僕は、

 線から視線を外す。


 「でも」


 一拍、置く。


 「もう一つ、

 足りない気がする」


 リュシアが、

 こちらを見る。


 「……何?」


 「理由」


 静かな言葉だった。


 「世界のためじゃなく」


 「役割のためでもなく」


 線を見る。


 「自分が、

 進みたい理由」


 待合室の空気が、

 僅かに揺れた。



 「……それが」


 リュシアは、

 ゆっくりと言う。


 「最後の条件」


 線の一つが、

 ほんの少しだけ、

 明るくなる。


 「理由は、

 与えられない」


 「見つけるもの」


 胸が、

 静かに熱を持つ。



 待合室は、

 もう完全な停止ではなかった。


 線は、

 確かに“前”を示している。


 踏み出すには、

 まだ早い。


 でも。


 何が必要かは、

 はっきりした。


 残された時間は、

 減り続けている。


 それでも、

 問いはもう、

 霧の中にはない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ