第十四話 踏み出すための条件
待合室は、さらに静かになっていた。
音が減ったわけじゃない。
むしろ、よく聞こえる。
自分の呼吸。
足音。
思考が動く気配。
「……準備時間って」
僕は、小さく呟く。
「考えるためだけじゃ、
ないんだよな」
リュシアは、すぐには答えなかった。
⸻
待合室の縁に、
薄い線が浮かび上がる。
境界のどこかと、
つながっている痕跡。
「……あれは?」
僕が指さすと、
リュシアは一歩だけ近づいた。
「条件」
短い答え。
「世界が、
あなたに出している」
胸の奥が、
静かに鳴る。
⸻
線は、一本じゃなかった。
いくつも重なり、
絡み合い、
どこへ続いているのか分からない。
「……道?」
「可能性」
リュシアは、淡々と言う。
「選択の、
分岐点」
あのとき出会った存在。
待合室の住人。
消えていった輪郭。
それぞれが、
違う線の先にあった。
⸻
「……踏み出せば」
言葉を選ぶ。
「全部、
見なきゃいけない?」
リュシアは、
首を横に振った。
「全部は、無理」
「観測者でも?」
「観測者でも」
その答えは、
妙に救いだった。
⸻
「……じゃあ」
僕は、
線の一つを見る。
かすかに、
鈴の音が重なる。
――ちりん。
「選ぶ条件って、
何だ?」
観測点は、
すぐには反応しなかった。
代わりに、
意味が、少しずつ流れ込む。
――視認。
――拒否の自覚。
胸が、
静かに締まる。
「……見えること」
「……拒否できること」
言葉にすると、
重さが分かる。
⸻
「……責任、だな」
思わず、
本音が漏れた。
リュシアは、
初めて、はっきり頷いた。
「うん」
「踏み出すっていうのは」
少しだけ、
声を落とす。
「選ばなかった線も、
自分のものだと
引き受けること」
胸の奥で、
鈴が鳴る。
――ちりん。
それは、
肯定に近い音だった。
⸻
「……条件は、分かった」
僕は、
線から視線を外す。
「でも」
一拍、置く。
「もう一つ、
足りない気がする」
リュシアが、
こちらを見る。
「……何?」
「理由」
静かな言葉だった。
「世界のためじゃなく」
「役割のためでもなく」
線を見る。
「自分が、
進みたい理由」
待合室の空気が、
僅かに揺れた。
⸻
「……それが」
リュシアは、
ゆっくりと言う。
「最後の条件」
線の一つが、
ほんの少しだけ、
明るくなる。
「理由は、
与えられない」
「見つけるもの」
胸が、
静かに熱を持つ。
⸻
待合室は、
もう完全な停止ではなかった。
線は、
確かに“前”を示している。
踏み出すには、
まだ早い。
でも。
何が必要かは、
はっきりした。
残された時間は、
減り続けている。
それでも、
問いはもう、
霧の中にはない。




