第十二話 待合室の住人
隔離された場所は、想像していたよりも静かだった。
壁があるわけでも、
扉があるわけでもない。
ただ、進めない。
歩こうとしても、
数歩先で景色が同じ形に戻る。
「……ここが、待合室?」
僕がそう言うと、
リュシアは小さく頷いた。
「そう呼ぶ人もいる」
曖昧な言い方だった。
⸻
時間の感覚が、薄れていく。
空は変わらない。
影も伸びない。
「……どれくらい、
ここにいればいい?」
彼は、しばらく黙った。
「答えを出すまで」
「……それだけ?」
リュシアは、
少し言い淀んでから続ける。
「あるいは、
問いを捨てるまで」
胸の奥が、
きしりと鳴った。
⸻
そのときだった。
少し離れた場所に、
誰かが座っているのが見えた。
最初は、
景色の一部だと思った。
動かない。
呼吸も、感じない。
「……人、だよな?」
近づくと、
その人は顔を上げた。
目が合う。
「……久しぶりだ」
知らない声。
なのに、どこか懐かしい。
⸻
年齢は分からない。
若くも見えるが、
時間の感覚だけが曖昧だった。
「……あなたも?」
言葉を選びながら、聞く。
「隔離、されてる?」
その人は、
小さく笑った。
「そうとも言えるし、
そうじゃないとも言える」
「……どっちだよ」
思わず、
本音が出た。
「君は、
まだ待たされてる」
その人は、
地面を指さす。
「俺は、
待つことを選んだ」
胸が、
強く鳴った。
⸻
「……待つ?」
「うん」
その人は、
遠くを見る。
「答えを出す前に、
考え尽くしたかった」
「結果は?」
問いかけると、
その人は肩をすくめた。
「世界は、
考え尽くす人間を
あまり好まない」
どこか、
自嘲気味だった。
⸻
「……名前は?」
聞いた瞬間、
リュシアが僅かに息を詰めた。
その人は、
少し考えてから言う。
「……あった」
「今は?」
「呼ばれてない」
胸の奥が、
冷たくなる。
「……それって」
「そう」
その人は、
はっきり言った。
「呼ばれる前に、
ここに座り込んだ」
⸻
沈黙。
待合室は、
沈黙を長く感じさせる。
「……後悔してる?」
恐る恐る、聞く。
その人は、
すぐには答えなかった。
しばらくして、
ぽつりと言う。
「後悔は、
してない」
胸が、少し緩む。
「でも」
続く言葉で、
その緩みは消えた。
「前に進めない理由が、
自分でも分からなくなった」
その声は、
静かだった。
だからこそ、
重い。
⸻
「……君は?」
その人が、
こちらを見る。
「答え、
出せそうか?」
視線が、
胸に突き刺さる。
僕は、
すぐには答えられなかった。
リュシアが、
一歩だけ前に出る。
「彼は、
まだ“止まって”ない」
その人は、
ふっと笑った。
「……なら」
立ち上がる。
「席は、
まだ譲らなくていいな」
⸻
その人は、
また同じ場所に座った。
動かない。
景色に溶けるように。
「……あの人は」
僕が言いかけると、
リュシアは首を振った。
「待合室の住人」
「答えを出さなかった人」
胸が、
静かに締めつけられる。
⸻
「……僕も、
ああなる?」
問いは、
自分に向けたものだった。
リュシアは、
しばらく黙ってから言う。
「なる可能性は、
ある」
正直な答え。
「でも」
こちらを見る。
「あなたは、
問いを捨ててない」
胸の奥で、
鈴が鳴った。
――ちりん。
それは、
催促でも警告でもない。
残り時間を知らせる音だった。
⸻
待合室は、
静かに続いている。
座ることも、
立ち去ることもできる。
だが、
同じままではいられない。
世界は、
もう一度だけ、
答えを待っている。




