第十一話 隔離の兆し
境界は、何も言わなかった。
問いを投げた直後だというのに、
拒絶も、警告も、命令もない。
ただ――
遠くなった。
「……静かだな」
僕がそう言うと、
リュシアは一瞬だけ足を止めた。
「うん」
短い返事。
それだけで、
嫌な予感が胸に広がる。
⸻
歩いているはずなのに、
景色が進まない。
石畳の感触はある。
風も、温度もある。
なのに、
“更新されていない”感じがした。
「……境界、
こんな場所だったか?」
リュシアは、
少し迷ってから答える。
「本来は、
もっと流動的」
視線を、
遠くに向けたまま続ける。
「今は……
固定され始めてる」
胸の奥が、
ひくりと鳴った。
⸻
「……隔離?」
言葉にすると、
空気がわずかに歪んだ。
「完全じゃない」
リュシアは、
すぐに否定する。
「でも」
一拍、置いて。
「観測しやすい場所に、
留められてる」
「……それって」
言葉を探す。
「守られてる、
とも言えないか?」
リュシアは、
ゆっくり首を振った。
「守るのは、
世界の側」
その言い方が、
胸に刺さる。
⸻
鈴の音が、鳴らない。
今まで、
節目ごとに聞こえていた音が、
完全に消えていた。
「……音がしない」
僕が言うと、
リュシアの表情が、僅かに強張る。
「聞かれなくなった」
「……え?」
「確認されてない」
その意味が、
少し遅れて分かる。
「……見られてるのに?」
「うん」
リュシアは、
静かに答える。
「見てるけど、
判断してない」
⸻
遠くで、
小さな歪みが生まれては消える。
近づけない。
触れられない。
「……あれは?」
「他の選択の痕跡」
淡々とした声。
「でも、
今のあなたには届かない」
胸が、
ゆっくりと重くなる。
「……僕だけ、
切り離されてる?」
リュシアは、
すぐには答えなかった。
その沈黙が、
答えに近い。
⸻
「……ねえ」
僕は、
彼女を見る。
「これ、
僕のせいか?」
問いは、
責めではなかった。
確認だ。
リュシアは、
小さく息を吸ってから言う。
「問いを投げたこと自体は、
間違いじゃない」
胸が、少しだけ緩む。
「でも」
続く言葉で、
その緩みは消えた。
「世界は、
“答えを急がせない人”を
扱うのが苦手」
「……急がせない?」
「うん」
彼女は、
まっすぐこちらを見る。
「あなたは、
観測者になるかどうかより」
「世界そのものを、
見直そうとしてる」
その言葉に、
胸が静かに熱を持つ。
⸻
空が、
少しだけ遠ざかった。
夜でも、昼でもない色が、
膜のように張る。
「……戻れなくなった?」
思わず、そう聞く。
リュシアは、
首を横に振った。
「戻ること自体は、
まだできる」
「でも」
一歩、距離を取る。
「戻ったあなたは、
もう同じ問いを持てない」
その意味が、
はっきりと分かった。
⸻
隔離は、
罰じゃない。
脅しでもない。
**選択を保留した者に与えられる、
“静かな待合室”**だ。
そして僕は、
そこに座らされている。
答えを出すまで。
あるいは――
問いを手放すまで。




