放課後のララバイ その三
昼間の冷ややかな曇り空はいつの間にか晴れ渡り、西の空には沈みゆく太陽が顔を出していた。
私たちのいる居間も、テラス窓から差し込む夕陽で一面橙色に染まっている。
そんな中、私たち三人はテーブルを囲んで、美紀さんの作ってくれた夕飯を食べていた。
「おいしいー!美紀ちゃん最高!」
「美紀さん、すごすぎです」
「あら……そんなことないわよ」
ダイニングテーブルの上にはハンバーグや色とりどりのサラダ、オレンジジュースなどが色鮮やかに並べられている。
食材は私が眠っている間に買いに行ってくれたのだろう。なんだか申し訳ない。
「本当に、わざわざありがとうございます」
「いいのよ。お料理するの、好きだから」
にっこりと笑いかける美紀さん。その全てを包み込むような笑顔は、どこか「お母さん」を連想させるものがあった。
一方うみちゃんはというと、とてもお腹が空いていたのか目の前の料理を片っ端から平らげている。
そんな二人のそばにいると、仲の良い母娘のようにも見えてきた。
「美紀さん、生徒会のお仕事は順調ですか?」
「あら、唐突ね。それなりに……順調よ」
「あたしが手伝ってるもんねー!」
うみちゃんがハンバーグを切り分けながら言った。
「うみちゃん、生徒会のお仕事を手伝ってるの?」
「んー?あたしも生徒会メンバーだよー」
え?
その一言に、私は思わず箸を持つ手が止まる。
「え、生徒会?うみちゃんが?」
「うんっ!一応、書記担当だよ」
「うそ……信じられない……」
「ちょっと、失礼!」
うみちゃんが「こらっ!」と言うかのように私の頭をポンッと叩く。
私の知っているうみちゃんは、生徒会とかそういうのに入るタイプではないのだ。小学生の頃は遊んでばかりで、委員会にもほとんど来なかったのを覚えている。
「でも美紀さんがいるなら安心かな……」
「もー!あたしちゃんと仕事できてるからー!」
「そうよ。うみ、おっちょこちょいだけど頑張ってくれているわ」
「ほんとに……?」
「お仕事そんな難しくないし!綾香も入らない?生徒会」
「え、私が?」
私が生徒会……考えたこともなかった。
恥ずかしい話だが、私も元々学校のお仕事とか、積極的に関わるタイプではない。
前の学校でも、そういうのはできるだけ避けるようにしてきた。
「私がいても多分役に立てないよ……」
「そんな悲観することないわ。初めは簡単なお仕事しかないから」
「あたしたちがちゃんとサポートするからー、ね?」
「それに、頑張ったらちゃんとご褒美あげるわよ♡」
美紀さんがふふっと笑った。その笑顔は上品だが非常に怪しい感じがする。ご褒美って一体何なんですかね……
「それとも、こういうお仕事とかは苦手?」
「いや、私は……」
私がこれまで委員会などに関わらないようにしてきたのは、他でもなく面倒ごとを避けたかったからだ。
学校に対して特別思い入れがあったわけじゃないし、かといって大きな不満もなかった。わざわざ自分の時間を削ってまで参加する必要はない。
でも、今は……これまでとは状況が違う。
「まぁ、うみちゃんと美紀さんがいるなら……」
「やったー!決まり!」
「入会おめでとう、綾香ちゃん♡」
ハイタッチをして喜ぶ二人。こんなにあっさり入って良いものなの?
「でも、本当に大丈夫ですか?私仕事とかできる方じゃないし……」
「生徒会はそんなに厳しいところじゃないわ。校友会よりはずっと良いわよ」
「校友会?」
私が尋ねると、うみちゃんが口に入れたご飯をもぐもぐしながら、横にいる私の方を向いて言った。
「もふもふもふもふもふ」
「うみちゃん、ちゃんと飲み込んでから喋りなさい……」
美紀さんはうみちゃんを制止し、説明を始めた。
「旧制の生徒会よ。戦後に解体されるはずだったのだけれど、粘り強く残っているわね」
「え?つまり、生徒会が二つあるってことですか?」
素朴な疑問を口にすると、それを聞いた美紀さんは肩をすぼめた。
「ええ、そういうことよ。ただ、生徒会と校友会はやってることが全然違うから……」
「校友会は何を……」
何をしているところなんですか?
そう聞こうとしたが、美紀さんの方を見ると、どこか辛そうな目をしていた。
あまり話したくない……顔にそう書いてある気がする。私は話題を少しそらすことにした。
「えっと……それじゃあ生徒会は、どんな活動をしてるんです?」
「生徒会は名前の通り、学校の運営に関わることを色々やってるわ。行事に関することとか……校則の改正とかね」
「昔は学校の歴史にまつわる資料を管理してたらしいんだけど、今は簡単なお仕事しかないよね?」
「ええ、でも私だけはずっとてんてこまいよ……」
生徒会長の負担が大きいのだろうか。美紀さんがまた顔をしかめる。
「まぁそんな感じで、結構楽しいから。気楽に参加して!」
「うん、ありがとう!」
正直こういうのは慣れていないから心配ではある。
だけど二人が一緒にいてくれるなら、そんなに心配することもないかもしれない。
それに、うみちゃん一人では美紀さんのサポートにも限界があるだろう。こんな素敵な料理を振舞ってくれた美紀さんに……少しでも恩返しがしたかった。
「うみ、これからは綾香さんにお仕事を教えてあげるのよ」
「もふ?」
「……飲み込んでからで良いわ」
つづく




