第3章②
「おい。ユカ。どこに行くんだ」
担任の教師が怒鳴った。
トレイを持ったユカが「空き教室で食べよう」とエデンを誘ったのだ。
2人はドアを出ようとしたところだった。
ユカは先生の睨む視線を無視して、横のエデンを見やる。
エデンが口を開く。
「放っとけよ。行こうぜ」
ユカが頷く。
エデンが後方の扉を器用にスライドさせる。
最後のユカがドアをガンと乱暴に閉めた。
クラスメートたちが唖然する。
妙な空気が漂い、先生が咳払いする。
「給食係」
威厳を忘れて、どこか抜けた感じで言った。
「いただきます」
みんなが給食当番のあとに復唱する。
4列目の3班と4班の空席が目立つ。
2人はどこに行っただろう。空き教室だろうか。
いおりは気になった。
鐘がなる10分前に食器やトレイが片付けられる。
いおりはクラスメートたちの机の上にトレイを探す。
置いていないと確認すると、給食配膳台車をぼちぼちと片付けた。
ゆかとエデンがまだだが、片付けをする時間がとっくに過ぎた。いおりが2人のこと考えていると、
「手伝おっか?」
一人の女子生徒がニヤニヤして、顔を覗いてきた。
いおりは面食らって、どうしようか、と目を泳がせたのち、言葉に甘えた。
「たすかるよ」
「やっぱごめん!」
女子生徒が困ったようにウィンクして、小さく手を合わせる。意地悪そうな笑みが浮かぶ。
いおりの眉間に皺がよる。
「やばあ」
「かわいそう」
背後の女子生徒2人がクスクスと笑う。
「行こ」
女子生徒が不敵な笑みを残して、2人の間に身を入れた。
3人組が廊下に出ると、笑い声が喧しく鳴り響いた。
肩が震える。だが、いおりは耐えた。
鍋や容器を、畳んだ台車の中に収めて出発する。
一瞬ふわりと浮いた気がした。
無意識的に力が入ったみたい。
行きで運んだときは頑張ってユカと押していたっけ。
慎重に廊下を進み、一番端にある空き教室に目をやった。
話し声が聞こえる。
中までは覗かなかった。
通り過ぎたところで、ガラガラと扉が空いた。
エデンがトレイを持って、駆け足でいおりを追いかける。
台車を停止させた。
「これ頼むわ」
エデンが二重に重なった食器とトレイを押し付ける。
いおりは嫌そうに眉を八の字にする。
「えー」
「はやくー」
苛立ちをみせた。
動揺して仕方なく手に持つ。
エデンの背中をいおりが慌てて呼び止める。
「ユカは?」
エデンが振り返り、空き教室を指さす。
空き教室に戻ると思いきや通り過ぎる。
いおりはトレイを給食配膳台車の上に一旦置いて、空き教室を覗く。
一番後ろの席に、ユカがいおりに気づかず、ゲームしていた。前の椅子が引かれていて、机の上にエデンのゲーム機が置いてある。
いおりが呆れる。
「何してたの?」
肩をビクッとさせ、恐る恐る顔が上がる。
ユカは慌ててゲーム機を机上に置くと、気まずそうに頬を掻く。
「ごめん、ゲームしてた」
「いいよ。もう片付けたし」
「いおりも、ゲームする?」
突拍子に聞かれて、返事に遅れる。
「また、今度ね」
家の押入れにしまわれたゲーム機が脳裡に浮かぶ。
「エデンがゆかの分まで片付けてたけど」
気になったことを訊いた。
ユカが苦笑を浮かべる。
「勝負に勝ったから」
「勝負?」
「うん。賭け事した」
意地になってトレイを押し付けるエデンが頭によぎる。
あのエデンが、他人に使われるなんて。
「なんだか楽しそうね」
口角が上がる。本当に愉快だ。
ユカは「うん」と頷き、手をうなじに回してはにかんだ。
ユカに仲良くしてくれる人ができた。エデンと上手くやれている。
ドーマと決めたエデンの始末が頭に浮かぶ。
これはこれでいいのでは。
いおりは新しい選択肢を見つけた。
「おい、調子に乗りすぎだ」
いつの間にか背後に立っているエデンが叫んだ。
思わず肩が跳ねる。
「ぼこす」
エデンは自分のゲーム機を手にすると、ユカを睨んだ。
「リベンジなるかな」
ユカが煽った。
エデンが舌打ちして、机の脚を蹴る。
楽しそうに笑うユカ。
何やら勝負が始まった。
いおりがハッとする。
給食配膳台車を廊下の真ん中に置いたままだ。
地面を蹴って、2人を後にした。
急いで台車を押す。
しかし、鍋の上に置いたトレイがズレて、バランスを崩した。
気付くと同時に、車輪を停止させて、咄嗟に手を伸ばした。
けたたましい音が鳴る。
危機一髪。間に合った。
はあ、とため息を吐いた。
冷や汗が背中を撫でる。
いおりはトレイの存在を思いっきり忘れていた。




