第2章②
教壇に担任の教師が足音を立ててのぼる。
生徒たちが静かになる。
朝のHRの知らせを伝えた。
そして宿題のワーク提出を求める。
エデンは出さなかったが怒られない。
生徒33人は宿題を出さないと怒られるので、しっかりやって提出した。
ユカを除いて。宿題を忘れた。しかもワークを家に忘れて、勉強机の上に置きっぱなしだ。
教壇に上がる足がぎこちない。
ユカは案の定、叱責された。
「何回目だよ」
ついに呆れられた。
同じグループの3人組が口元を覆って、悪口をひそひそと聞こえるように言った。
ユカは泣きそうになる。
教壇の上で馬鹿を晒されて、悪口を囁かれて、居たたまれない気持ちが襲う。
自分の席に戻ると、同じ班の4人組が怖い目つきして笑みを浮かばせている。
踵を返そうとする足を宥める。
無視、無視。反応したってもっと面白がられる。
鐘が鳴るまで悪口が耳に入った。
1時間目の算数は各々がワークを解いた。
ユカは不安を募らせた。
教師が巡回していて、来ないように祈る。
やがて教師がこちらに来た。
「ワークを解く時間だぞ」
低い声がユカの心を締め付けた。
恥かしさで顔が熱くなる。
机の上にはノートと教科書を開いているが、ワークは家に忘れている。
先生は知っているはずなのに。
ユカは泣きたい気持ちになった。
見逃してもらえなかった。
エデンは手持ち無沙汰で、頭の後ろに手を回し椅子を前後に揺らす。
エデンに何か文句を言いたくなった。
なんで自分ばっかり。
怒りがふつふつと湧き上がる。
ワークをやるのは不可能なので、先生がまたこっちに巡回したら、何言われるのか考えただけで不安でいっぱいになる。
10分経って答え合わせの時間になる。
ノートは開いたままにして待機する。
隣の席の人とワークを交換しなくてはならない。だが一向にワークが渡される気配はない。
相席の生徒は、ユカを無視している。
まるでいないかのように。
ユカ自身何か悪いことをした覚えはない。
相席の子が3人組のやつらとよくつるむようになったあの日以来、クラスメートたちからも無視されるようになった。
その3組がユカを面白がって、悪口を言ったり、辱しめを受けさせたりしたせいで周りにも伝染した。
初めの頃はただのクラスメート同士の間柄だった。
体育の授業に変化した。
ピンポン玉が無秩序に鳴る。
班の中で最も仲良かった相席の子とペアになって、ラリーをして遊んだ。
お互いがミスしないよう慎重な手つきで打ち返す。
長くは続かず、2人は悔しそうに唸った。
また挑戦しようと玉を打とうとしたときだった。
同じ班の1人がやってきて、「一緒にやろう」、とユカを誘う。
相席の子が一人になるのを心配したユカだが、同じ班のもう一人がやってきて、ポケットからピンポン玉を取り出すと、「ラリーやろう」と打ち出す。
女子生徒は、一台挟んだ隣の台に行く。その背中を追いかけた。
女子生徒はユカに目もくれない。
「やろー」
元からいた相手とラリーした。
ネットの横で順番を待ってみることにした。
ユカが居たたまれなくて、2人は愉快さを爆発させてクスクスと笑う。
一人がユカに同情する。
「ねー、かわいそー」
極力気にしないように取り繕う。気にしたら、もっと言われる気がした。
だが、動揺して瞳が揺れる。反応が見え見えだった。
この場から逃げたい。
それこそ変に思われると思い、踏みとどまる。
10分経つ。
代わる雰囲気はなく、2人は雑談する。
勇気を振り絞れなくて声を掛けられなかった。
気まずそうに俯き、やり過ごす。
さらに5分が経ち、そして3分経つ。
各々が片付け始めた。
ユカは逃げた。
元いたところで卓球台を手伝おうと、仲間の一人の女子生徒に声をかける。
「あー大丈夫だから」
相席の子は何も言わない。視線も向けてくれなかった。
やることがない。
一人で待っているユカは罪悪感に苛まれる。
クラスメートたちがぞろぞろと並んでほっとする。
「あいつ片付けやってないよね」
さきほどの断った子が言った。
3人が輪になっていて、その中に相席の子もいる。
ユカは咄嗟に視線を逸らした。
クスクスと笑い声が聞こえる。
その日から相席の子と3人組が一緒になることが多くなった。
そして、徐々にクラスメートたちからも無視される。
気付くと終わりの鐘が鳴った。
国語の教科書が見つからない。
自分のランドセルの中も探したが、やはり教科書がない。
ユカはまた忘れ物をしてしまった。
次の授業は音読があり、教科書を必ず使う。
前回は廊下側から3列目に終わったので、必ず自分の番が来る。ユカは泣きそうになる。
嘘をついて、保健室に行く口実を考えた。
だが、嘘がバレたらエデンに何かひどいことをされる。それでもユカは賭けた。
教室に先生が姿をみせると、ユカは小声で頭痛を訴える。
「次休み時間だから頑張れる?」
それだけいうと通り過ぎた。
教卓に資料をバンと置く。
ほとんどの生徒は机の上に教科書が乗っている。
近くのクラスメートたちは、ユカの机に教科書が乗っていないことに気づく。
授業が終わる度、次の授業の教材を入れ替えるので、違和感を覚えたのだ。
エデンも感じた。
ユカは席に戻る。
誰かの教科書を盗もうかと考えた。
もちろんそんな根性はなく、それほどに教科書が欲しかった。
何かの手違いで空から降ってこないかな。
棒状に丸められた国語の教科書が机の端を強く叩いた。
横にいつの間にかエデンが立っている。困惑し、置かれた教科書を見つめた。
「貸してやるよ」
エデンは無表情。
教科書から手を離す。
少し反った国語の教科書が自分の机に乗っている。
エデンは自分の席に戻り着席する。
ゲーム機が机の中から現れる。
ピコピコ音が不規則に鳴る。
始業のチャイムが鳴った。
担任の教師が教科書のページをめくる。
ユカは実感が湧かない。
貸された教科書に触れない。
4列目の生徒が音読する。
ユカはページを指で持ち上げて覗き込む。文章を追った。
回ってくるのは時間の問題だった。
ユカは文面を徐々に晒す。
いよいよ手前のエデンに順番が回る。一旦休符する。
教師がユカの名前を呼ぶと、ユカはエデンの行を読んだ。
後ろの子に順番が回る。
ユカの緊張の糸が切れた。安藤する。
エデンのおかげで辱しめを回避できた。




