第1章③
低く鳴る空調が教室を支配した。
生徒と担任の教師を含めて教室にいるのは33人。
ほとんどの人間は1人の女子生徒に注目した。
背中に突き刺さったハサミに赤い雫が伝う。エデンは顔を醜く歪めた。
担任の教師は、「いおり」を指名して、歪なものが背中に生えた女子生徒を保険室にお共するよう、淡泊に告げた。
教室から2人の女子生徒が姿を見せなくすると、生徒たちは板書し始めた。
女子生徒はまともに歩けず、いおりが片腕を担いでゆっくりと歩幅を合わせている。
「痛いよ」
悲痛な顔を浮かばせた頬に涙が伝う。
まるで自分のせいのように思えたいおりは罪悪感に襲われる。
進むたびに落ちる赤い雫がより一層そうさせる。
「がんばれ。大丈夫だよ」
優しく声をかける。
苦痛と出血が止まらない。
この子を早く保険室に連れて行かないと。
死んだらどうしよう。
無責任なことを言ったせいで義務感が湧いた。
いおりは女子生徒に励ましの言葉をかけ続けた。
「ありがとう」
ほとんど息で綴られた言葉があまりにも消え入りそうだ。
首に密着した腕が彼女の汗で蒸れる。
いおりは辛そうな彼女をおんぶしようとする。
が、彼女の鋭い悲鳴に心臓が跳ねる。
すると、全体重がいおりの背中に預けられる。
後ろを見ると、抜かれたハサミを片手に、血しぶきを浴びてしまったエデンが立っている。
目が合うとハサミをひらひらさせる。
「忘れ物」
赤に塗られた白い顔がまるで殺人鬼のようだ。
足が竦み動かない。
エデンがハサミを指にぶら下げる。去る背中が酔っ払いのように揺れた。
女子生徒の瞼が閉じている。
鼓動を確かめる。よかった、生きている。
いおりは深呼吸して、なんとか地面を踏ん張る。
女子生徒をおんぶすると、急いで廊下を走った。
階段を下りる。
保険室のドアを勢いよく開けた。
白衣を着た保険室の先生が駆け寄ると、すぐさま救急車が呼ばれた。
女子生徒に応急処置する。
ようやく到着した救急隊が女子生徒を担架に移し、病院に運ばれた。
いおりは教室に戻ると、ちょうどチャイムが鳴った。
重く頭を垂らして、自責の念に駆られる。
拳が強く握られ、皮膚に穴が空くほど突き立てる。
クラスメートたちがいおりを見るが、誰一人声を掛けなかった。
エデンのバイオレンスな行為は日常と化した。
先生は注意しない。
クラスメートたちは自分が可愛くて、腫れ物に触れない。
翌日の朝、いおりがドアを開けると、信じられない噂が耳に入る。
「○○さんが病院送りにされたって」
「運んだのって」
「うん」
複数の疑いに満ちた目が向けられる。
だが、まさか自分が疑われているなんて思わなかった。
明らかにエデンの仕業でクラスメートたちもそれを目にしたはずだ。
いおりは学校が終わるまでクラスメートたちにハブられた。
放課後、静かな教室で俯く。涙が漏れた。
夕陽が窓を差す。
ゆっくりと後方の扉が開く。
赤くなった目を向けると、ドーマが立っていた。
目を見開き、ばつが悪そうに視線を逸らした。
いおりは気まずくなって荷物をまとめると、教室を出た。
廊下にドーマが先回りしていた。道を立ち塞ぐ。
「あいつが憎いだろ」
ドーマが吠えた。
いおりの顔に影がおりる。
感情の色が砂あらしのように乱れた。
混乱、葛藤が浮かび上がる。
ドーマが真剣な顔つきで静かにいおりを窺う。
いおりは自分が憎い。
同じくらい、なぜエデンのすることを皆がかばうのか理解に苦しんだ。
左右に首を振る。
「あいつが怖いのか」
すぐに首を左右にふる。
「俺はあいつを追い詰める。学校に来なくさせる」
いおりの顔が上がる。
複雑の糸が解かれていく。そして編まれる。
その目に光が反射する。
まるで魂を取り戻したようだ。
「どうやって」
いおりの澄み通る声色が廊下に響く。
真っ直ぐに視線を向けられる。
ドーマが教室を指指した。
「あっちで話そう」
ドーマは他の人の耳に入るのを恐れた。
いおりが「うん」と首肯した。
エデンをどうやって始末するか、教室が暗くなるまで案を出し合った。




