第1章②
保険室に運ばれた1人を除いて、34人の生徒が行列をつくる。
「早くしろー」
「お腹すいた~」
我慢するのが難しい生徒の一部が口々に給食当番のユカを急かした。
給食当番は4班で5人いるはずだ。
しかし、給食配膳台車の向こうには、ユカしかいなかった。
慎重にスープを注ぐ。
揚げパンをトングではさみ、お皿の中央に乗せる。
お米を均等にお茶碗に盛る。
腹を空かしたわんぱくな一部の生徒たちが舌打ちした。
ユカは精一杯に、迅速な手つきでやっているつもりだった。
給食帽からはみ出た毛先が目元を隠していて、顔がほぼ隠れている。
他4人の給食当番がどうしているかというと、行列に紛れてだべっていた。
ドーマは愉快そうにクラスメートたちを見る。
白衣と給食帽を身につけた学級委員のいおりが給食配膳台車に回る。
静かだった調理器具が音を立てて忙しく動く。
文句を垂らすクラスメートたちに腹が立ったのだ。また、お腹が空いていて早く食べたかった。
滞った行列が徐々に縮む。
島の席に生徒たちが各々食べ始める。
担任の教師は見当たらない。
ユカだけは孤立している。島から突き放した救命ボートのように。
同じ班の生徒たちが時おり、横目で見やり悪口を叩く。
ドーマが最後に取っておいた揚げパンを手にしようとした。
「ねえ、食べないならちょうだい」
対面の丸く肥った男子生徒が糸のような目で乞食してきた。
彼の食器は米粒や野菜の繊維が一つも付いていない。白い粒の光沢が反射する。
ドーマは、先に食べるべきだった、と後悔した。
半分ちぎって彼の皿に乗せた。
半分になった自分の揚げパンをかみちぎる。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。柔らかい生地が砂糖と溶ける。
美味しい。
肥った男子生徒は二口で平らげてしまい、チラッと見ると頬を膨らましていた。
彼はは揚げパンを探しに旅に出た。
他の班の生徒のお皿を覗き込む。
あげたくなさそうに困った表情で俯く一人の眼鏡の女子生徒がいる。
「隙あり」
お皿が派手に揺れた。揚げパンをすぐ口の中に頬張った。
咀嚼の度に鼻息を漏らす。
そいつの身体に狡猾さと利己心の塊が丸く浮かんで、ドーマは苦笑する。
肥った男子生徒の背後に人影が立つ。
「俺のもあげるよ」
無表情からは何も読み取れない。エデンが自分の揚げパンを素手で渡す。
数本の指に付いた砂糖をキスしつつ、それを夢中で見つめる。
一瞬、戸惑いの紫色を放ったが、すぐに欲望に染まる。
丸い手が伸びる。
大きな一口を開けて、怪しむことなくかぶりついた。
勢いよく顎が閉められる。エデンの腕が彼の首を巻きつけた。
下顎がくいっと持ち上げられる。
肥った男子生徒が獣のように激しく唸る。
食べかけの揚げパンが地面に転がる。
突如に、血しぶきが口から噴き出す。
眼鏡女子生徒の班の生徒たちが悲鳴を上げて、身を後ろに引いた。
悶絶する彼にエデンが振りほどされてノックバックする。
ゲホゲホと犬みたいに血のりのよだれが垂れる。
鈍い金色をした画鋲が吐き出されて鋭い音が鳴った。
涙目で四つん這いになる。
ドーマがエデンを見ると、白い顔を青ざめていた。動揺している。
エデンが乱暴にドアから飛び出す。
チャイムが鳴る。
担任の教師が姿をみせる。
ダンゴムシみたいに丸くなっている男子生徒を一瞥し、「いおり。あと、保健委員。早く片付けろ」と深刻そうに命令した。
保健委員の眼鏡の女子生徒が表情を強張らせた。地面の男子生徒を嫌悪に満ちた眼差しで睨む。
眼鏡の女子生徒がトイレットペーパーを雑に投げる。
「自分で拭いて」
肥った男子生徒は素直に従った。
綺麗になると、いおりと眼鏡の女子生徒がまるで連行するように、片腕を持ち上げる。
「重っ」
2人して零した。
男子生徒が踏ん張ってみせた。
学級委員と保健委員が犯罪者を連れてドアから消える。
エデンがクラスメートたちに与えた影響は凄まじかった。
それ以降、他人の給食に手を出す生徒を見なくなった。
ドーマはエデンが煩わしくなった。




