第5章①
「保護者にちゃんと渡すように」
担任の教師が念を押した。
「エデンにプリントを届けてくれる人」
いおりが挙手した。
住所をもう一度確認して、インターホンを押す。
返事が来ない。
もう一度押す。
やはり来ない。
もう一度押す。
同時に玄関ドアが開く。
エデンと目が合う。
「プリント届けに来た」
いおりは落ち着いている。
エデンが少し動揺する。
「あぁ。ありがとう」
いおりの両手からプリントをかっさらう。
ドアが閉められる。
だが、咄嗟にドアの取っ手を握った。
「学校戻らないの?」
いおりが間から覗く。
「余計なお世話だ」
勢いよくバタンと閉められた。
いおりがため息をつく。
インターホンを連打する。
エデンがイラついた様子でドアを押し開けた。
「なんの用だよ」
いおりがランドセルの中に手を突っ込み、パックに入った3本入りのみたらし串団子を出した。
2割引のシールが貼られている。
「これ差し入れなんだけど」
エデンが呆れる。
ドアを片手で抑え付けて、
「入れ」
いおりの目が見開く。
「え」
「それ、妹が好きなんだ」
「妹いたの?」
「うん」
いおりは戸惑うが、同時にチャンスという単語が頭をかすめる。
「お邪魔しまーす」
いおりが恐る恐る暗い廊下を踏む。ひんやりしている。
エデンに引導されて、2階の階段をのぼる。
白い扉が2つ並んでいる。
奥の方の扉が開けられて、暗い部屋が白い明かりに染まる。
女の子の部屋だった。
「妹さんの部屋?」
いおりが中を覗き込んで言う。
「うん。こっち」
エデンの立っているところに行く。
正面にあるのは仏壇だった。
可愛らしい女の子が白い歯を見せて笑っている。
「え、あ。もう」
言葉に詰まる。
「あ、だんご」
ランドセルを開けてエデンに渡す。
すると、一本の串団子を抜き取る。
「一本だけもらう。お前も取れ」
「いいの?」
「お前のだろ。妹はだれかと食べるのが好きなんだ」
「そうなの。じゃあ、もらいます」
いおりが一本剝がす。
エデンは一本だけ残ったそれを妹の前に置く。
各々団子を食べる。
いおりは、写真を眺める。一個を食べ終えると口を開いた。
「何歳?」
エデンが2個目をほっぺに寄せて、
「10さい」
写真の方は幼い。小学校入る前の年齢に見える。
エデンが視線を察する。
妹の勉強机の引き出しを開ける。手にしたのはゲーム機でエデンが学校に持参しているのと同じだ。
電源が入れられ、電子音が鳴る。
カーソルの動く音。
エデンがいおりの前面に掲げる。
「小5のときの妹の自撮り写真」
妹がカエルのぬいぐるみをほっぺに寄せてピースしているツーショット写真。
カメラの問題で画質は少し荒いが、見たことある顔だった。
いおりの瞳孔が開く。
「エレンちゃん?」
「うん」
エデンがゲーム機を握ったまま自分の方に向かせる。
「なんで名前知ってんの?」
「去年一緒に遊んだから。ドーマも一緒に」
「いつ?」
エデンが食い気味に言った。
いおりは圧倒する。
「6月くらい」
「妹はいつも帰りが遅かった」
エデンが説明するように言う。
「今年の2月にいなくなった。いじめられてたんだ。学校で」
いおりは思い出す。公園でもの憂いにベンチで座る少女。
「エレンとは夏休み明けて会えなくなった」
「どこで何して遊んでたの?」
エデンが眼光を鋭くした。
妹さんの相談にアドバイスをするドーマが思い浮かぶ。
「3人で公園を集合場所にして、『いじめっこ復讐劇~』を練ってた」
「いじめっこ復讐劇?」
「いじめっこに嫌がらせをするの。まあ警察沙汰にならない程度にね」
エデンが顔をしかめる。
「結局どうなった?」
「失敗した。エレンが裏切った」