第4章④
机を障害物にして身を守った一人の男子生徒が顔を覗かせると、勢いよくドッジボールを投げて反撃した。が、机上を通って廊下側の壁に衝突する。
すると、ここだとばかりにユカが姿を現す。隙をみせた男子生徒を狙撃した。
ボールがヘッドショットした。ユカが拳を握りしめてガッツポーズをしてみせた。
真面目に板書する女子生徒一人の方にボールが飛んできて、ノートを乱す。
ドッジボールでリアルFPSする男子生徒6人は、自分たちの世界観に浸っていた。
解き方を教える担任の教師は、そんな彼らがまるで目に入っていないかのようだ。
クラスメートの一部が黄色い声を上げて雑談する。
解説が聞きづらい。
それでもノートを乱された女子生徒のように、一部にも優等生がいる。
複合施設のような空間。ドーマはクラスメートたちの気持ちを覗き見して堪能した。
いおりの心模様は藍色のままだった。ドーマが靴や椅子を隠したと告白を受けたとき大きくショックを受けて泣いた。
深い青色の悲しみに染まった。
気持ちが伝染して、ドーマの身体中に駆け巡る血液がじんわりと冷たくなった。
初めて感じ取った気持ちに戸惑い、言葉にできないもどかしさに苦しんだ。
この感情はなんだ、とドーマは首を捻った。
給食の時間に、トレイを持ったユカが机を誕生日席にして、別の班にいる共に遊んだ男子生徒と一緒に食事した。
ポツンと空席が残る。エデンは2週間学校に来ていない。
ユカが胸を張って喋る。
ときにはふざけて右手前の子のプリンを奪い、無邪気に声を上げた。
心模様が黄色に染まるドーマの口元が無意識的に吊り上がる。
昼休みになると、ユカが「外でかくれんぼしよ」と教室にいる10人以上のクラスメートに声を掛けた。
数人が渋々だった。
しかし、ユカの目つきが変わるのを見ると怯えて、やむを得なく誘いに乗った。
2人組の女子生徒は、窺いながらコソコソと愚痴をこぼす。
「運が悪いね」
「だから外で遊ぼって言ったのに」
廊下に行こうとする足取りが重い。
いおりも誘ったが、俯くばかりで返事が返ってこなかった。
いおりを泣かせたことがどこからか流れたとき、ユカはドーマを敬遠すると決めた。
2人きりの教室に空調が響く。
虚無で、退屈だ。
藍色を漂わせているいおりの背中を見る。
ゆっくりと首が回る。ドーマが斜め上に視線を向ける。
チラッと見る。
黒い瞳がドーマをジッと見ていた。
呑み込まれそうだ
戸惑うドーマ。
椅子が鳴り、いおりの足がドーマに向かう。
ボブカットから覗く黒い瞳は据わっている。
足が沼に囚われる感覚がした。
いおりの口が開く。
「ようやく気づいた。異常なのはドーマたちの方」
藍色はどこにもない。
墨汁を水に垂らしたように糸が漂い、ドーマの身体にまとわりつく。
初めて感情が汲み取れない。
いおりの異変に焦る。厄介だ。
ドーマは眼光を鋭くしできるだけ威圧的に応対した。
「エデンは正常の方だっていうのか」
いおりが瞳を動かすことなく淡々と述べた。
「エデンはクラスを正そうとした。異常者を黙らせようとしたの」
「あいつは、お前の友達を傷つけたんだぞ」
「承知の上よ。それがあったおかげで皆が大人しくなった」
「そうか。クラスメートたちは、もうどうでもいいんだな」
ドーマの眉が寄る。
いおりを睨む。
何を考えているのか分からなかい。
「わたしが」
言葉が切れる。
人差し指を曲げて口に当てて考えている。
黒い瞳を重たく、ドーマにのしかかり、圧力を感じた。
「学級委員長として、わたしがドーマを連れ戻す」
胸が痒くなる。
なぜ、と言う単語が頭を埋める。
なぜ、お前がそんなことしなくちゃいけないんだ。
いおりが廊下に飛び出す。
「おい」
いおりを引き留めようとするが、無駄だった。
足音が徐々に離れていった。
ドーマは髪をクシャクシャにして、机を拳で叩いた。
いおりは授業が始まっても、放課後になっても、姿をみせなかった。
夕陽が教室を染める。ランドセル置き場にいおりのランドセルが残されたままだった。