第3章③
予冷が鳴る。いおりは友達との他愛のない話を惜しみ席につく。
机の中を漁る。国語の教科書が見当たらず、ランドセルの中を確認するがやはりない。
「ごめん。国語の授業、教科書みせてもらってもいい?」
申し訳なさそうに手を合わせて懇願する。
相席の女子は人当たりの良い笑顔をみせる。
「いいよ」
「ありがとう」
いおりは安藤のため息を吐いた。
授業が終わると、ドーマは颯爽に一階に降りる。
昇降口の前に並ぶ靴箱。
辺りに人の気配がないかきょろきょろする。
同じクラスの16番いおり、と書かれた名札を見つける。
両靴の踵を指に挟み、別クラスの靴箱に移動させる。隅っこに空いている靴入れがあり、そこに放り込んだ。
誰から怪しまれることなく、席に着く。
6時間目授業が淡々と終わり、担任の教師がHRを始める。
とくに知らせはなくすぐに切り上げた。
元気に「さようなら」が全体を包む。
クラスメートたちの喧騒が戻った。
「忘れ物なんて珍しいね」
いおりを捕まえて、一緒に階段を踏みながら何気なく声かけた。
ちらっとドーマに振り向く。足元に向かって思慮深そうに呟く。
「うん。持ってきたはずなんだけどね。家に忘れたのかな」
「まあでも何とかなったじゃん」
適当に返してやった。
「学級委員として面目ない」
いおりが冗談まじりに自嘲した。
ドーマが先に靴を履き替えると、焦っているいおりを見やる。
何回も自分のクラスと名札を指でなぞっている。
上履きに履き替える。
「どうかしたか?」
いおりが自分の靴箱を再び覗く。
「靴がない」
泣きそうな表情で、今にもすがりそうだった。
口の端が吊り上がりそうになる。
いおりの靴入れを覗く。
「たしかにない」
驚いてみせた。
「入れるとこ間違えたとか?」
いおりの視線がクラスと名札を行き来する。
「ないよ」
いおりが残念そうに首を降った。
「探そう。どっかにあるかもしれない」
「うん」
ドーマは隣の靴箱を順番に覗く。
同じく16番と書かれた名札を眺めた。
いおりが反対側の端を屈んで隅々まで覗く。
「あった」
安堵に満ちた笑みが広がり、ドーマはそのまぶしさに眼を細めた。
気づくと自分も笑っていた。
「よかった」
ドーマがほっとしてみせた。
「ありがとう」
いおりが上履きをしまい、外履きをすのこに置く。すると、ふと疑念が湧いた。
誰がこういうことしたのだろう。
冷や汗が首筋をなぞる。いじめ、という単語が頭によぎる。
だが、すぐに払拭した。まさか。信じたくない。
昇降口で佇むドーマに、昼休みの嫌がらせのことや国語の教科書が消えたことを、相談しようと胸に決める。
落ちる影に歩みよる。ドーマのあとに続いて、肩を並んだ。