変わらない関係、変わりはじめる空気
高校3年の春。
クラス替えはなく、俺と氷室詩織は同じクラスでまた1年を迎えることになった。
昼休み。
いつものように屋上で並んで弁当を食べる。
「今年も変わらないな」
俺がぼそっと呟くと、詩織は小さく微笑んだ。
「変わらないことは、悪いことじゃないわ」
……そう。
こうして隣にいることも、名前で呼び合うことも、手を繋いで帰ることも、
もはや“日常”になっていた。
でも。
春風の匂いとともに、目に見えない“変化”の気配が、確かにそこにはあった。
──放課後。
進路指導の時間、詩織が教師に言った言葉を、俺は偶然廊下で耳にしてしまった。
「……はい、◯◯大学のAO入試を受けるつもりです」
──え?
そこ、県外じゃなかったか?
放課後、彼女に聞こうかどうか悩んだけど、
結局、何も言えないまま時間が過ぎていった。
「遼、今日は寄り道しない?」
いつものように自然に声をかけてくれる詩織。
でも、心のどこかで、俺は彼女を少し遠く感じていた。
夕暮れの公園。
ベンチに並んで座る二人の距離は、いつも通り────……のはずなのに、妙に言葉が出てこない。
「ねぇ、遼」
「ん?」
「私たち、来年の今ごろもこうして一緒にいると思う?」
詩織の声は、いつもより少しだけか細くて、
胸の奥が、ざらりと音を立てた。
「……さぁ。どうだろうな」
そう答えた俺の声もまた、自分のものじゃないようだった。
──その瞬間、春の光がすっと陰った気がした。