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第2話 掃除の基本 ホコリは乾いたまま取り除く。

アーダが次々と部屋の掃除を終えていく。


3階建ての子爵家邸の部屋数はそんなに多くない。10部屋。3階は使用人部屋と物置になっているから、アーダの守備範囲外になる。ダイニングとティ―ルームはキッチンメイドが掃除してくれるらしい。


掃除道具をぶら下げて、子供部屋のドアを開く。


子供部屋は…落ち着いたアイボリーの壁紙。ベッドと勉強机に本棚。ソファーにはかわいいクッションと手作りのぬいぐるみが並べられている。


ただ…不似合いなほど大きな絵画が壁に掛けられている。メルヘンチック?とでも表現したらいいんだろうか?パステル調の可愛らしい絵だ。


ぱたぱたとはたきを掛けていく。大きな絵画の額縁の上も忘れない。

よほど大切な絵なのだろう、額縁にはガラスがはめ込まれている。乾いた柔らかい布でさっと拭く。


「あら。新しいメイドさんね、よろしくね。」

子供部屋の掃除を終えて、入れ替えたシーツと枕カバーを洗濯籠に入れていると、奥様が通りがかった。

「はい。アーダと申します。よろしくお願いいたします。」

「アーダさんね。子供部屋の絵画はご覧になった?」

「ええ。立派な絵ですね。」

「そうでしょう?私の祖母がパトロンをしていた画家の絵なの。最近ようやく光が当たってね。王都からいらした方ならご存じかしら?シーガ、って画家なのよ。祖母がうちの子のために一枚寄こしてくださって。」


奥様は嬉しくてどうしても誰かに言いたかったんだろう。そんな口ぶりだった。


「タイトルは愛。素敵でしょう?光の当たり具合で絵の持つ印象が変わるんですって。うふふっ。」

「ええ。立派な絵ですね。」


同じセリフをもう一度繰り返す。個人的にはあまり好みの絵ではない。



初日はこんな感じで終了。

夕食後に古参のキッチンメイドのエマさんを手伝って、皿を洗う。

「お坊ちゃまも、おとなしいお子様なんですね?」

「え?ああ。今休んでいるサリーに懐いていたからね。寂しいのかもね。年相応なやんちゃな子供だよ?」

「そうでしたか。」


夕食の給仕も手伝ったが、食の細い、おとなしい子供だな、という感じだった。


「奥様に子供部屋の絵の自慢話を聞かされただろう?」

「はい。可愛らしい絵でしたよね。」

「あたしゃね、苦手だけどね、あの絵。無名な画家が注目されるようになったらしくてさあ、今買おうと思うと、大変な金額になるらしいよ。」

「そうなんですね。」


手は休めずに、エマさんの話を聞く。

「まあ、あたしたちにゃあ、関係ないことなんだけどね。」

「そうですね。」



使用人部屋は狭いが個室。ベッドと小さいテーブルと椅子が付いている。屋根裏なので窓はない。

今産休に入っているサリーさんは近くから通いで来ていたらしい。旦那さんはここの馬番兼庭と営繕の係り。使用人はここに執事兼当主の秘書とコックさん。少ない使用人でなんでもかんでもやることになる。小さいお屋敷ではよくあること。


少しひんやりとした布団に潜り込むと、すぐに眠った。



こちらに来て1週間ほどした頃から、お坊ちゃまが熱を出して寝込んだ。

ご年配のエマさんに付き添いも大変でしょうから、お坊ちゃまの付き添いを申し出る。

汗を拭いて、シーツと寝間着を替える。

良くおやすみの時に、席を外して簡単に掃除したり、シーツを洗ったりしていた。

そっと部屋に戻る。


「いやだ、いやだああ!」


お坊ちゃまが布団にくるまってうなされている。


「どうしました?ローラント坊ちゃま?」

「サリーを呼んで!サリーを連れて来て!!」


うなされているお坊ちゃまを軽く揺すって、眠っているお坊ちゃまを起こす。


「夢を…見ていたんですか?」

「・・・・・」

「お水を飲みましょうか?」


こくこくっと小さいコップで水を飲む。


「・・・誰にも言わない?」

「はい。お約束いたします。」

「・・・あの絵がね、僕を見ているんだ。サリーはね、僕が眠るときにはあの絵に布を掛けて僕に見えないようにしてくれてた。」

「・・・・・」


なるほど。奥様がお気に入りの絵なので、まさか見えないようにしていたとはさすがに引継ぎが出来なかったのですね。


「では、今夜からそう致しましょう。もう大丈夫ですよ?」

「・・・お母様には、言わないでね。」

「はい。お約束いたします。ゆっくりおやすみください。」

「・・・うん。」


お坊ちゃまは少し安心したのか、寝息が静かになった。


部屋にかけられた大きな絵画を眺める。


さて。




*****


しばらくすると、お坊ちゃまは元気に走り回るようになった。年相応ですね。食事が進まないのも、熱が出たのも、寝不足だったのかもしれません。



「今日は高貴なお客様がいらっしゃるんだってさ。」


エマさんと食器棚の奥深くから出した、とっておきのお客様用の茶器を磨く。

「旦那様も奥様も朝から大騒ぎさ。」

「そうですね。先ほどお坊ちゃまも余所行き着にお着替えされました。」

「どうもね…。」


エマさんがスプーンを磨きながら、声を潜める。


「あの絵のことが王家まで伝わったらしくてね?どうしても譲ってほしいって、国王陛下直々に手紙が来たんだってさ。」

「・・・そうなんですか。」

「なんでも、あの画家はこの国より隣国で人気があるらしくてね?なんだっけ、シーガ?隣国の王太子の結婚お祝いに贈りたいらしいよ!凄いよね!」

「・・・それは素晴しいですね。」

「今日は国王陛下の代理人が絵を見に来るんだと!あたしにはよくわからん絵だけど、本当にすごい絵だったんだね!」

「・・・そうですね。」


そう。奥様は何の悪気もなく絵のことを他の人に言ってしまう。どれだけの価値がある物かを嗅ぎつけられる前に手を打つ。悪夢どころか、強盗に命を狙われる可能性もある、



お昼過ぎにやってきたのは、国王陛下の補佐官をされている公爵家の御子息。


当主と奥様がご案内して、2階の子供部屋に向かう。

もちろん、今朝方、部屋は綺麗に掃除しておいた。


奥様が顔を上気させて、絵画の説明をしているのを、ドア付近でローラント坊ちゃまと手を繋いで眺める。隣には補佐官の護衛騎士が控えている。


「・・・それで私の祖母がまだ無名なシーガさんの支援をいたしまして…」


何度か聞いた説明。そっとお坊ちゃまと階下に降りる。


「あの絵、あのお兄ちゃんが持って帰るの?」

「そうですね。多分、そうなるかと。」

「そうかあ。」


お坊ちゃまはおやつを食べながら、心なしほっとした声。

そうですね。悪い夢も見なくなりますね。



その絵はガラスのはめ込まれた額縁ごと厳重に包装され、補佐官が連れてきた美術専門官によって大きな馬車に積み込まれた。一連の作業を、当主と奥様が心配そうにご覧になっている。王室からはかなりの額が提示されたようだ。



「なあ?お前も見た?あの絵?」

「はい。」

「どう思う?素直に。」

「・・・どう、ですか?」


ティールームで補佐官の紅茶を入れていると、声を掛けられた。彼の銀髪が午後の日差しに輝いている。


「愛、ってタイトルらしいね。俺にはやっと会えた花嫁と抱き合えて、天にも昇るほどの喜び、に見えたな。」

「・・・・・」

「おまえは?」

「そうですね…ようやく愛する人と結ばれる、と思ったら、全て夢だった。その目覚めた朝の泣きたい気持ちですかね。」

「・・・・・」



シーガの絵は…

泣いている花嫁を大事そうに抱いた男が春先の花畑の上を浮遊するような…そんな絵だった。


タイトルは、愛。


光の当たり方によって、色々な見方が出来る。



悪夢は見ない方が幸せです。










エルケ子爵家、清掃完了です。何も傷つけずに、片付きました。













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