表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
篝火  作者: 海月みなも
5/10

厭な男

そのまま眠ってしまっていたようだ。彼の小説の世界観のようなやさしい夢を見た、気がした。それがまた一気に現実に引き戻されて、空腹も乗じて吐き気を催す。着替えも後回しにとんとんと階段を降りると、何故だろう、またしてもタイミングが合ってしまって、彼と出くわしてしまう。

どうして私ってこんなにタイミングが悪いの!


「はは、そういやな、さっき面白い話を聞いたんだよ。」


鼻で軽く笑った後、男は笑みで口元を歪めた。なんだか嫌な予感がして、今すぐにでもこの場から立ち去りたくなる、だが、食事にありつくにはそうもいかない。なんですか、と小声で返すと、目線を私から地面へ移してくつくつともう一度笑う。


「おまえ、俺の作品が好きなんだってな。」

「……!」

「どうだ?憧れの先生に会った感想は。」


揶揄っている。その発言に咄嗟に恥ずかしさで赤らんだであろう頬が憎らしい。目線を逸らしたまま、沈黙が数秒。意を決してはっきりと言葉に気持ちを込める。


「あ、あなたみたいな人じゃないと、思いました。」

「ふーん、」


嫌味な声は次々と小説とは違った形で紡がれていく。私の中の彼を壊さないで欲しい。そう思えば思う程、この男は愉快なようだ。どこまで本当に作品とかけ離れれば済むのだろう。


「おまえ、俺の事嫌いになれないんだろ。」


表情は伺わない。何故なら分かるから。厭な笑みを浮かべているであろう男を前に、一歩も動けなくなってしまっているのが情けない。ぐ、と唇を噛み締めて、そこから言葉は出ていこうとしなかった。回答なんて、決まっていたから。


「こんな性格だって知って、何言われたって、あの作品を書いたのが俺だって知ってるから、好きで好きで仕方ないんだろ?」

「別に、あなたのことが好きなわけじゃない……、あなたの、作品が好きなだけで、」

「はっ、俺の“作品“、ね。」


ふうん、と喉を鳴らしながら、まじまじとこちらを伺うように覗き込む。逸らしたままの目でさえそれが伺えて、気分はどんどん悪くなっていった。


「お茶。」

「……え?」

「持って来いよ後で。それくらい出来るだろ。」


突拍子もないその言葉に、思わず顔をかちあわせてしまう。性格の様につんと尖った鼻筋に、何もかもを見抜くような黒目がちの瞳。薄い唇から漏れ出る言葉は一々嫌味たらしくて、ぎゅ、と拳を握り締めた。


「わかり、ました……、」

「風呂貰うから1時間後ぐらいで。」


そう告げると猫背がちに部屋へと戻っていく穂村。その後ろ姿をぼんやりと見届けると、なんといっていいのだろう、どうしようもない気持ちになった。

彼の作品のような恋がしたかった。

ほろりと壊れそうで、繊細に入り混じった甘さを持って、時に苦さに胸がつぶれそうになるようなそんな恋が。物語は実在しないとしても、ここまで酷いことがあるだろうか。釈然と出来るはずもないまま、重い足を引き摺って、母がまだいるであろう食堂へ向かう頃には、空腹もなんだかよくわからなくなってしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ